*業火
「た、武部! なんということをっ」
動転する山川に振り向き、冷徹に応える武部。
「奴は機龍を俺たちから奪う気だった。当然のことをしたまでです」
「だからといって、なにも殺さなくてもよかったんだ。まだまだ彼には利用価値があった」
「いい加減にしてくれ!」
一喝され絶句する主に懐刀はいい募る。
「利用価値のある奴を手玉に取る流儀でいくなら、もっと眼力は磨いてください。芹沢の本気が見抜けなかったのなら、とっくに機龍は海の底だった。あの女のときだってそうだ!」
横倒しになった巨大な半顔を武部は腕全体で指し示す。
「俺はいいましたぜ。手強そうな女だから厄介なことにならないかと。だのにあなたが部下をあの女にけしかけたばかりに、俺は手駒を丸ごと失った。これ以上こんな失態が続くようなら、俺は降りさせてもらいます!」
散々ないわれように山川の顔にも朱がさすが、自力で修羅場を渡ったこともない身でいい返せる相手ではなかった。憤然と背を向けずかずかと機龍に、その足下に横たわる省次に歩み寄るのが精一杯。その鬱憤をぶつけるべく自分を殴った相手の亡骸を蹴りつけることで、やっと僅かながら溜飲が下がる。はずみに外れて転がったヘルメットの通信が繋がったままなのも知らず、卑小なプライドを傷つけられた男は腹立ち紛れに吐き捨てる。
「ふん、とにもかくにも機龍は残った」
肩を怒らせふんぞり返る。はるかな頭上からうなだれる機龍に向け、自分こそが主だと見せつけんばかりに。
「省次めが、機龍に施した改修やヘルメットの仕組みについてもろくに資料を残してないが、なに、調べさえすれば判ることだ。機龍よ、そのときこそおまえは我が国の栄光の礎となるべく砕け散るまで戦うのだ。おまえは永遠に我らのものだ!」
瞬間、こちらを向いたままの機龍の両目が出し抜けに点灯! ぎょっとした山川が身じろぎするよりも早く、立ち上がりざまに全方向へ開かれる砲門! たちまち周囲の港湾施設や突堤群が爆発炎上、紅蓮の業火が退路を断たれた二人の周りで燃え上がる。冷線砲を撃ち消耗した電力がついに原子炉により回復したのだ。ヘルメットに跳びつく山川だったが、ぬるりとした異様な感触によく見れば、血でべっとりと汚れたその恐ろしさに思わず取り落としてしまう。その間もありとあらゆる射程の武器という武器をひたすら蕩尽するばかりの機械獣。ついに突堤をも拘束していた氷までもが溶け始め、狭まる炎の熱に耐えかねた武部も山川の横へと退いてくる。
するとそんな二人の頭上高く、まるで何か壊すような凄まじい音がバキバキと響く。思わず降り仰ぎ絶句する男たち! ついに全弾を撃ち尽くした機龍が、あろうことか己が胸の装甲に両手の爪を立て引き剥がしているのだ!
それはゴジラが機龍を、己が同族を金属の戒めから救おうとする行為だと、英理加が喝破したものだった。あるいは省次なら、機龍が自らそれを行わんとする思いを察し得たのかもしれない。だがそんな彼らが死んだいま、山川や武部には機龍のふるまいを理解するすべがなかった。唖然と見上げるうちにも機龍は装甲を剥がし続け、ついに内部のありさまが紅蓮の炎が照り返すただ中に暴かれる!
装甲の下はありとあらゆる機械が大胆かつ精緻に組み上げられており、およそ生物とは異なる原理に基づき活動する存在として最高の合理性の具現だった。それこそは若き命を散らした省次の天才の発露に他ならなかった。にもかかわらず、それらの機械の表面を網目のごとく覆うものがあった。紅蓮の照り返しを受け、素材すら判じ難い半透明の太いチューブ群。その中におぼろな影のごとくゆらめくものこそゴジラ細胞から英理加の研究資料に基づき湯原教授が再生させた神経組織なのだ。機能的なデザインの装甲が覆い隠していたその光景は、機械だけで完結しているはずだったものに無理やり持ち込まれたものゆえに、例えようもなく無惨だった。あえて例えるなら延命装置に埋め尽くされた肉体の残骸としか呼べぬもの。ここから様子を窺うことはできずとも、そうして甦ることを強いられたこの機械獣の頭部に形成された脳こそが今この行動をなさしめているのだと、技術的な理解は及ばずともこのような結果に至った経緯を知ってさえいれば、伝わるだけの力がその恐ろしい光景には備わっていた。湯原教授の進言を封殺した山川も、機龍を単に対ゴジラ兵器としか見なしてこなかった武部もこの期に及びついに悟った。省次がいかなる存在と対峙していたのかを。奇矯としか見えずまるで理解する気にさえならなかったその言動の真意がどこにあったかを!
「し、死ぬな省次君! 死なないでくれぇっ」
狂乱の態で若者の躯をゆさぶる山川。その傍らで、機龍と呼ばれていた存在を見上げる武部の憤怒の形相!
「裏切り者は貴様だったか! 騙したなゴジラァアーーっ」
吠えるや拳銃を連射するが、対ゴジラ戦を想定した機構の強度は装甲なしでも拳銃など寄せ付けない。だが全弾を撃ち尽くした武部が銃を捨てた瞬間、機龍と呼ばれていた最初のゴジラの爪がついに装甲を剥がし終え、むき出しとなった原子炉を掴む!
そして業火のただ中から閃光が、熱線が、爆風が全てを呑み込み蒸発させるや、巨大な原子雲がここで失われた全ての事物の終止符のごとく、果てなき核の荒野を圧しつつ悠然と聳えゆく。
終
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https://www.alldesu.com/diary/75824
コメント
もも
2021年 08月05日 07:12
終わりましたね
お疲れ様でした
ふしじろ もひと
2021年 08月05日 07:45
もも様おはようございます。
最後までご覧下さりありがとうございました。