ふしじろ もひとさんの日記

2021年 03月09日 21:36

私家版(地下版?)ゴジラ案:その30

(Web全体に公開)

*焚書

 それは1975年に亡くなった山根博士の没後40周年に向け膨大な遺稿を全集として刊行しようとした出版社が現れた、10年前の事件だった。ゴジラ出現の時にはその保護と研究の重要性を唱えた博士だったが、芹沢博士という愛弟子を喪った痛手ゆえ公的な発言はなくなったものの、ゴジラについての研究は以後も続けられていたと噂され、その出版社は必ずやゴジラ対策の上で役立つはずと遺族を説き伏せ5年後の40周年に完結する全集の第1巻となる随想集を発売した。論文から始めるより部数が出るとの版元の見込みどおり多くの耳目を集めたが、その中の一遍が凄まじいバッシングを浴びたのだ。
 それは最晩年の博士の手になる哀惜の念に満ちた一文だった。日本海溝の深みで太古から命脈を繋いできた未知の生物。それが広い行動範囲を持ちつつも生誕の深みへ定期的に回遊していたとの推論に続き、水爆の放射能で変貌しつつ日本めざし回帰したのであろうこと。そして銃の傷を受けた獣が鉄の臭いを忘れぬように、文明の臭いを大戸島近海で嗅ぎつけるに至り、船舶から島、さらには大都市来襲へと繋がったのではと綴るその語り口には、たとえ明確には書かずとも我ら日本人を翻弄するゴジラもまた核の犠牲者に他ならないとの思いと傷ついた者同士が憎み合い殺し合う戦争の惨禍への苦い感慨とが溶け合いつつ、最初のゴジラと運命を共にするところまで自らを追いつめた愛弟子芹沢博士への哀惜を滲み絵のごとく浮かび上がらせた随想だった。
 だが30年余りの歳月は、戦禍の実感を薄れさせる一方で度重なるゴジラの来襲による犠牲や被害を積み上げたことで、人々の感じ方、考え方を根こそぎ変えてしまっていた。ゴジラの犠牲者の遺族たちの怒りは被害者意識をくすぶらせていた大衆の荒野を炎の嵐のごとく煽り立て、各地で焚書騒ぎが広がったことを端緒に出版社のみならず博士の遺族までも投書や電話による凄まじい非難を浴びるに至り、耐えかねた遺族が遺稿を引き上げたことで計画は頓挫、出版社は経営破綻に追い込まれてしまった。
 当時まだ小学生だった省次はそんな本を読んでいなかったが、だからこそ近所で焚書の場面を目撃したことは衝撃だった。鬼のような顔の大人たちが本を踏みつけては火の中に投じる姿は人の形をした憎悪そのものとしか見えなかった。それが芹沢の姓を持つ自分に向けられる悪意がむき出しになったものにほかならないと、小学生にすぎぬ省次にさえ感じさせずにはおかぬものだったのだ。

 結局その本に接したのは高校の図書館の片隅で見つけた、つい近年のことだったが、読んでまず感じたのは時代が違ったとしかいいようがないとの思いだった。まだ人間同士が殺し合った戦争の記憶を己が身に留めていた人だからこそ、今のようなゴジラの被害者としての視点しか持てない自分たちとは違うのだと。仮にゴジラの苦痛までは知り得なかったとしても、だからこそ加害者としての人間という視座をも持ち得たのだと。そんな山根博士の言葉が綴る省次の先祖たる芹沢大介への哀惜は、それまで省次が実感するには至らなかった、自らもまたゴジラと共に滅びねばならぬとの先祖の思いの片鱗に触れ得たように感じさせた一方で、そんな時代が去ったいま自分が皆のように、少なくとも皆ほどにゴジラそのものを憎めずにいることを自覚させると同時に、そのことを後ろめたく感じさせずにもおかなかったのだ。省次自身のゴジラへの思いは、芹沢大介が第2のゴジラの出現の備えとしてオキシジェンデストロイヤーを残さなかったばかりに人々の非難や怨みを招いた以上、ゴジラを倒すしか一族が赦される道はないというものにすぎず、自分や身近だった者がゴジラに直接の被害を受けたわけではなかったのだから。

 せめて英理加のようにでも、自分もまたゴジラを憎むべきだったのだろうかと思ったそのとき、今なおゴジラを責め続けている当の相手から、またも切れ切れの声が届く。


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コメント

もも

2021年 03月10日 01:23

深いですね

ふしじろ もひと

2021年 03月10日 04:13

もも様おはようございます。なぜか、こういう話はすぐ思いつくんです(汗)

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