＊手負いの魔獣

「白神さん、白神さーーん！」
　鼓膜が破れそうな絶叫に思わず耳を押さえつつも、省次もまたあらんかぎりの声で叫ぶ！　すると仰け反った反動で前のめりになった緑の上体をわななかせながらも歯を食いしばった顔が上がり、堪え切れぬ痛苦ゆえかしばしば走る痙攣に息を切らしながら話し始める。
「これは、これはゴジラの、苦悶、おそらく、放射線による、障害、ああっ」
「なぜなんです、なぜそう思うんです！」
「感じる、のよ。細胞にまで、焼き付いた傷、を。どれほど、形を変え、ても消せぬ、痛み、をっ」
　自分の耳が信じられないまま、省次はビオランテが悶えつつもなお放さぬゴジラに目をやった。膨大な根に胸元近くまで絡められ、棘からじかに体内の肉を灼く溶解液の煙。そんなものを浴びずとも、あの巨獣が癒えぬ傷を抱えていた？　大都市も一夜にして灰燼に帰す破壊の化身が、放射能の業病に苦しむ手負いの獣に他ならなかった？　機龍からのし掛かる焦り混じりの怒りの圧力すらその一瞬に意識から遠のき、絶句したまま立ち尽くす若者の耳に、またも切れ切れの声が届く。

「そんな、事さえ、気づけなかった。君が再生が、強すぎると、メール、くれるまで。私は思い、至らない、まま、ゴジラさえ、倒せば、人間なんかいない、ジャングルで、奴らや、人から、受けた傷を癒せる、なんて、自分勝手に、夢見て、この子を、継ぎ接ぎにした。そんな、不安定な、体に、ゴジラ細胞の、遺伝子を植え、られ、この子の、体は、暴走、した。ゴジラより、はるかに激、しい、苦悶の、中で」
「……それじゃ、まさかゴジラに近づいていったのは」
「人にも、薔薇にも、こんな苦痛を、緩和する、力は、ないわ。ゴジラだけ、が、姿を、保てる程度に、抑えて、いる。だから、この子は、本能的に、あらゆる、形質を探る、中で、見出した。最も安定、する在り方、を」「そんな……」
　かけるべき言葉が見いだせなかった。ゴジラが初めて出現したとき、水爆の放射能にさえ耐えた生命力の秘密を知るためにも決して殺すべきではないと主張した山根博士をはじめ、不滅の生命という観点からゴジラを研究してきた科学者は数知れない。でもこのあまりにも強大な巨獣が、無限地獄にも等しい生のただ中に在るなどと想像できた人はいなかったのではと思ったその瞬間、省次の脳裏に一つの記憶が甦る。


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