経験上、手話使うろう者に僕は仲間意識が持てなかった。これが仲間意識への疑問の始まりだった。でも、対健全者はもちろん、脳性麻痺者や同級生に対しても同じ。発想や考え方が違うから。仲間にこだわるのならば、ナチスみたいに思想統一にもなると。
邪教はもちろん、正統的な宗教団体も、右翼も、左翼も、中道も仲間意識が基盤の一つとしてあるのならば、限界があるかもしれない。また、無教会主義の人たちも、仲間関係批判は判るが、僕が彼らに会い、察するに仲間否定の者同士が仲間を作るという矛盾も見られるわけだ。
話を戻せば、対ろうあ者とか在日韓国系やロシア系の人たちには、仲間意識を無視して、いきなり隣人愛しかない。僕は脳性まひを持っているが、健全者やろうあ者から対しても同じだと。さらに言うと、健全者同士、脳性麻痺者同士、ろうあ者同士も同じである。
若き日の対一ろう者の葛藤経験が今の一在日ロシア系の人との関係にも生きているわけである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
以上だが、邪教の事を考える内に、政治関係も、左翼も、右翼や保守も中道も、基盤に仲間関係があり、それで成り立っている以上、実際は大差はない事を再発見する思いです。右のナチス、左のポル・ポトと似たようなものになったのも判る気がします。仲間関係の排他性で説明付くと。中道や保守からもありうるし、今のプーチンがそれにあたるかもしれません。仲間関係を超えて、愛にしない限りはどの国の政治も良くなりません。
それから、そのロシア系の方は若い独身女性。その人も精神的に深い愛を望んでいるから、毎日のようにラヴメール書いている。単語ですが、時にはロシア語も交えて。イコン写真も。恋人の一人にも。20世紀のように、結婚意識が世間に強い時代ならば、歳差も非常にあるし、互いに近付くことはあり得ないわけですが、今は日本人やロシア人の結婚意識も衰退し、僕もこだわりはない時代。ただ精神的に深い愛を求めあうことにもなれるわけです。他にも求愛してくれた女性たちには、日本語さえわかれば、ラブメールを相手に感謝して常に書いています。結婚意識が弱まると、自由に深い愛も生まれやすくなる。未来はもっと深い愛が生まれやすくなるでしょう。