<『史上最低の侵略』その38>
A
take-38
December 1st 11:00
「出来た! ハムサンドに、ツナサンド。そしてベーコンレタストマト。ツクヨさん、喜んでくれるかな」
学校が休みの時は寝坊するテラが、学校に行くよりも早起きしたのは、ひとえに『ツクヨさん』のためお弁当を作っていたからだった。出来上がったサンドイッチをハイキング用バスケットに詰め終え、少年は時計を見た。
「わ、もうこんな時間だ。お昼に間に合わなくなっちゃう!」
ソラとテラ兄弟が暮らすのは、ドイツ料理とワインが自慢のオーベルジュ『ハウス・レナニア』だ。二人の母親の腹違いの兄が経営しているここは、夢野アイランドでも人気のレストランの一つであり、宿泊も出来る。
人工のそれとは言え、市民の憩いの場である、緑豊かな天神山自然公園入口にあるため、近未来的な夢野シティの中心部までは、市民の足であるバスで、三十分はかかる。
「じゃあ、叔父上。行ってきまーす!」
エントランスそばのオーナールームに呼び掛け、テラはバス停に急ぐ。セントラルバスターミナル行きが間もなく来る頃だ。
「テラ。気をつけて……」
手洗いから出てきた叔父上が呼び掛けた時、もうテラは大きなバスケットを抱えてバス停へ飛び出していった後だった。
先日の検査の結果に、今は親代わりの叔父上も、テラの実の兄であるソラも、悲嘆に暮れた。
だが本来テラの今の病状進行では、学校に通うことはおろか歩くことすら出来ないほどであるはずなのに、テラは元気過ぎる程元気だ。引き取った時には両親を喪った深い悲しみに沈んでいた妹の二人の遺児。でも、今は両親の愛情を胸に、二人とも懸命に前向きに生きている。それは叔父上にとっても笑顔と希望のもとだった。
それだけに見送ることのできなかった後ろ姿を追う叔父上のまなざしは、不安げな揺らぎを隠せぬものだった。まるで行く手に待ち受ける漠たるものを感じてでもいるかのように……。
----------
December 1st 11:45
「これより外堀地区に入ります」
B・i・R・Dジャパンとトヨタとの共同開発による特殊戦闘車輌『グレイ・ハウンド』の運転席から、ソラはアリーナへ連絡する。
開発から取り残されたスラム、旧湾岸通。高潮の被害によって開発を市が見送ったことになっているが、ここ夢野アイランドに住み着く宇宙の難民でも最低ランクの者達が細々と暮らす場所であり、同時に侵略者達の暗躍する暗黒街でもある。
助手席に置かれた一見ごく普通のノートパソコン、実際はスーパーコンピュータに匹敵するB・i・R・Dノーツに搭載されたセンサーが、奥に存在する本丸地区から、高い地球外物質反応を検知している。
定期的にパトロールをしているため慣れた道だが、ハンドルを操るソラの表情は厳しい。
“……ソラ”
ゼロには理解出来た。
ソラが任務に没頭することで、テラの病状について、考えないようにしていることを。
今日の夕方からは非番であったにも関わらず、こうして調査に出ているのは科学者としてのプライドだけではないのが、ゼロにもようやく理解出来るようになっていた。
夕べ、ソラが仮眠のため私室にいた時に、テラがテレビ電話をしてきたが、ソラは電話に出なかった。
ソラは泣いていたのだ。両親に託された弟の未来が原因不明の病にいつ絶たれるかわからないことに。そんな運命と戦う弟に対しなにも出来ない自分の無力さに。
倉澤チーフに処方された鎮静剤が効きにくい程だった。
今朝になってようやく、風邪気味で早く休んでいたから電話に出られなかったと、ソラはテラにメールしたのだった。泣き腫らした目にやつれた顔色を弟に見せないために。
「星川重工業は火星や月からの鉱物で宇宙船を作っていた。月ならともかく、火星なら地球外物質反応が出てもおかしくない」
“でもなソラ。どうも違うようだぜ。……ん? ソラ。地球でもペダニウム超合金って合成できるようになったのか? このあたり、えらく臭うぜ”
「ペダニウム超合金って、以前に神戸でウルトラセブンと戦った、キングジョーの本体を形成していた金属だろ? そんなものまだ地球では……!」
いいかけて気づいたソラに、ゼロも返す。
“ペダン星人は宇宙の死の商人だ。敵対する者同士にでも平気で兵器を売り付ける連中だ。なら奴等と取引した奴がここに紛れている可能性が”
「なきにしもあらず、か」
グレイ・ハウンドのハンドルを切り、本丸地区に入っていくソラとゼロ。そんな自分たちを待ち受ける文字通り史上最低としかいいようのない事態など、二人とも予想すらできぬまま。
take-39 →
https://www.alldesu.com/diary/78892
← take-37
https://www.alldesu.com/diary/78865
コメント
もも
2022年 01月27日 06:23
病気 治ると良いですねー
ふしじろ もひと
2022年 01月27日 11:51
もも様こんにちは。
この件についてはAさんの心ひとつですので、僕もとても気になります。