ふしじろ もひとさんの日記

2022年 01月16日 23:29

『史上最低の侵略』29MF

(Web全体に公開)

<『史上最低の侵略』その29>
MF

take-29

NOVEMBER 8TH AM 13:15

かくて名古屋で戦う戦闘機の機影が14型ブラウン管から消えたとき、前世紀の遺物たるブラウン管TVのスイッチを切った男が白髪交じりの頭を振り振りこうぼやく。
「なんやなんや、見えなんだら全然オモロないがな」
 分厚い帳簿を面倒臭げに閉じて立ち上がるや、顔をしかめつつこりにこった肩をほぐすべく体操らしきものを始める男。五十代半ばとおぼしきその容貌には、度胸には至らぬ無鉄砲さと半端な才気の混合物たる投げやりすれすれのいいかげんさがありありと見てとれた。

 ここ旧湾岸通でも明らかに底辺に属する古びたプレハブ建築。個人事業所がえてして陥りがちな仕事場と生活の場がけじめなく溶け合ったこの部屋が事務所であると声高に主張するがごとき、どれほど使い込まれたのか想像できぬほど古びた帳簿と年代物のソロバン。だが部屋の壁をびっしりと埋め尽くす段ボールの山がその主張に無言の威圧でここが倉庫だと反論する。部屋の空気に紛れもなく漂う香辛料と脂の混合物たる匂いもまた、その反論に加勢しつつ積荷の正体を証し立てている。それはカレー、それもまぎれもなく最低価格帯に属する即席カレー特有の匂いだった。しかもそれは、ここから遠くない廃ビルや旧七海重工第二工場においても認められるものだった。

 そう、この部屋こそが有限会社メダルカレーの事務所兼倉庫であり、かつてドースがその細腕で五人分もの食い扶持を稼ぐべく宇宙人の身では理解しがたい帳簿との悪戦苦闘を余儀なくされていた職場だったのだ。そしてこの男こそその社長。祖父から数え三代目にあたる創業者一族の裔にほかならない。

 彼ら一族にとって生業たる食品業とのなれそめは、祖父が己の名をつけたタニマチ食品を個人事業として立ち上げた時をもって嚆矢とするが、事業の内容と名称を現在の形に成したのは二代目となったその次男だった。商才のなさを疎まれた長男を差し置き生業を継いだ彼は、日本が戦後の混乱期を脱したことを国内外に宣言する世紀のイベントたる東京オリンピックを機に事業内容を即席カレー一本に絞り、辛口・中辛・甘口の三種類の外箱の色を金・銀・銅三色のメダルの色に合わせ、メダルカレーと名付けて売り出したのだ。メダルカレーは時流に乗って大いに売れたが、それが一過性のブームに過ぎぬと心していた二代目は経営拡大にあえて背を向け、むしろ販路を限定すると同時にひたすら品質を磨くことで便乗商法に基づくブランドイメージの負の部分を克服することに尽力した。そのため金銀銅の三つのカレーは移り気な人々の話題にこそ登らなくなったものの、販路を限ったことに由来する希少性と即席カレーの域を超えた風味により知る人ぞ知る存在として独自の地位を築いたのだった。

 だが残念なことに、いわば選ばれたその少数の理解者の中に、肝心の跡取りたるべき一人息子は含まれていなかった。歴史的な東京オリンピックと家業の急速な勃興を幼少期の遠い記憶に焼き付けてしまったその目には、父親の堅実で地道な努力はあまりに消極的かつもどかしいものとしか映らなかったのだ。やがて家を飛び出た息子は関西に流れ様々な仕事に手を出すが長続きせず、その場を繕うごまかし方ばかりが身につく有り様だった。そんな彼が父の死を機に家業を継いだ数年後、再びオリンピックが東京で開催されると決まったのを機に彼は改革に乗り出した。それは同一価格の三種類のうち金を値上げし銀を据え置き、銅を値下げすると同時に原価コストを大幅に切り下げ収益を上げようというものだった。だがレシピに手をつけなかった金と銀はともかく、骨抜きにされた銅の評判は散々だった。甘口カレーは断じて薄味カレーではなく、辛味のインパクトに頼らず客に充足感を与えるのはいっそう困難な技であるのだが、そんなことも理解せぬまま父が磨いた絶妙のレシピを崩したのだからたまらない。安かろう悪かろうの代名詞と化した銅の不良在庫の山は社屋の部屋という部屋を圧するにとどまらず、いまや廊下にまで積みあがる惨状を呈していた。

 犬も食わぬ代物と成り果てたその銅を、三代目は給与に替えて現物支給しようとしたが、僅かな従業員のほとんどが断固として固辞する中で嬉々として応じたのがドースだった。それは彼らの貧窮に加え宇宙人としての味覚ゆえに可能なことだったのだが、社長にとってありがたいことに変わりはなかった。そんなドースが突然退職して数ヶ月、タニマチが折に触れて彼を思い出すのは任せていた帳簿管理に飽き飽きしたのだけが理由なのでは決してなかった。
「どうしとるかのう、あいつ……」
 すっかり身についた関西弁で呟くタニマチ。だがよもやその時同じ区域の廃工場で当の相手が阿修羅と化した美貌の双子に鞭でこき使われていようとは想像もできなかったのだ。



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コメント

もも

2022年 01月17日 04:01

一休みですね

ふしじろ もひと

2022年 01月17日 05:50

もも様おはようございます。
リアルタイムでは同時進行ですが、戦いの場のつい外にはこんな人々もいるということで(苦笑)

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