<『史上最低の侵略』その25>
MF
take-25
NOVEMBER 8TH AM 12:00
かくてB・i・R・Dジャパンの誇る希望のツバサが旧湾岸地区上空を海上目指して飛び去ったその真下の廃工場で、ゼンマイ式目覚まし時計の音が正午を告げる。すると塗料の染みだらけの手がそれを止め、ドリアンがネジを巻き目覚ましの針を1時間後にセットする。それを確認したオスカーが告げる。
「休憩に入る。目覚ましが鳴ったら再開だ」
それを合図に一斉に牛野屋のお持ち帰り鳥丼を取り出す2人と5人の異なる種族の宇宙人たち。まだ昼だというのに疲れ果てた風情で飯のわりに具の少ない丼弁当をつつき始めるが、やがて5人のポンポス星人がそれなりに元気を取り戻し、タッパに入れて持ってきた冷たいカレーを残り飯にかけて食べ始めたのに対し、双子のサロメ星人は意気消沈の色を隠せぬまま、ため息交じりに黙々と丼弁当を口に運ぶばかり。そんな彼らがいるのは地下深くに築かれたあの秘密工場ではなく、地上の廃工場のほうだった。ポンポス星人に身代を食い潰された哀れな双子のサロメ星人は、いまや工作機械はおろか地下に降りるエレベーターや照明などに要するエネルギーの確保もままならぬ極度の赤貧に陥ったまま、残る外装の塗装を意欲もなければ手も遅い昆虫人間たちの見張りかたがた手伝う事態にまで追い込まれていたのだ。
それは彼らにとって、屈辱というほかないものだった。対象を模倣しつつそれを超えることを営々と繰り返しながら築いてきた自らの科学文明。それがまともに機能しなくなったのみならず、この未開惑星においてさえ百年は時代を逆行する家内制手工業の水準にまで後退を余儀なくされていたのだから。宇宙には決して出会ってはならぬ者もいるとサロメ星人たちは思い知らされた。この5人のポンポス星人こそ最凶最悪の貧乏神だと。この貧しい鳥丼の味こそその証しでなくてなんであろうと。そしていまや、さらなる屈辱の知らせがドリアンの口から告げられる!
「兄者、青と銀の塗料が切れた。残りはもう赤だけだ」
オスカーは驚愕の面持ちで、意気消沈した弟を振り返った。
「バカな! まだあの2体は正面しか塗装が!」
「ああ、背中はもう、赤一色で塗りつぶすしか」
「なんたることだ……」
がくりと俯く兄を見る弟の目には、悔し涙が光っていた。
「この未開の惑星で父上に仇なした憎っくきウルトラセブン! 光の国に戻り手出しができぬ奴めにせめて小伜の首を叩きつけてやろうというのに、これでは父上に顔向けができぬばかりか母星に戻っても笑いものになるばかり。もう、どうしようも……」
あとはもう言葉にならず、面を伏せ肩を震わせるばかりの弟。相手を模倣しつつ超えることを至上とするサロメ星人の価値観において、似せられないなどという事態は許されざることなのだ。呆然と弟を見つめていた兄が、だが呻くような言葉をもらす。
「……だから諦めるのか? いや、諦められるのか?」
「兄……者?」
おずおずと顔を上げるドリアンを射貫くオスカーのまなざし。そこにはとことん追い詰められた者しか持ちえない修羅の狂熱が荒れ狂っていた!
「そんなことができるか! ここで諦めたら、我々はもう二度と立ち上がれないのだぞ。それでは誰が父上の無念を晴らすのだ? 母星に帰れないのがなんだ。なんのためにここまで苦労したんだ。ここで挫けるくらいなら死んだほうがましだ!」
「兄者、兄者ぁあっ」
感極まって抱き合い号泣するサロメ星人たちの姿に状況を呑み込めぬまま、目をぱちくりさせるばかりのポンポス星人5人組。食事に夢中の彼らはよもや自分たちがその原因であるとは夢にも思わず、いかなる事態として我が身に跳ね返ってくるのか想像もつかなかったのだ。だが目覚ましは冷酷に時を告げた。
「ノロノロするな!」「塗料をとばすな!」「柄まで缶に漬けるバカがあるかあっ!」
怒号と鞭の音が飛び交う修羅場と化した廃工場で、まさに牛馬のごとくこき使われるポンポス星人たち。生まれも育ちも異なる異星人たちは搾取する者される者の役割を階級闘争理論の戯画のごとく演じていた。そんな知識を持たぬポンポス星人にすれば、むしろ赤鬼青鬼に責められる地獄が実感だったのは当然であり、阿鼻叫喚の午後が過ぎたとき、なけなしの労働力を搾り取られた彼らは全員、広大なリングさながらの廃工場の床に沈んでいた。そんな昆虫人間たちを尻目に美貌の双子はサロメ印の宇宙石鹸で洗顔し乱れ髪を整えると、買い物籠を手に出征していった。己が武器の通じる相手から食料などを1円でも安く値切る聖戦へと。そう、彼らは高潔とさえいえた。これほどの窮状に陥りながら、それでも値切る以上のことなど思いもよらなかったのだから。
ゆえに想像もできなかったのだ。そんな誇りなどなき貧乏神の最後の忠誠心を奪えば何が起こるかも。
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コメント
もも
2022年 01月13日 00:49
お買い物 大変ですね〜
ふしじろ もひと
2022年 01月13日 06:49
もも様おはようございます。
なにせジハードの域に達してますから(汗)