<『史上最低の侵略』その24>
A
take-24
NOVEMBER 8TH AM 11:45
寒風山に程近い道路沿いに空き地。いや、正確にはかつてドッシリとした洋館が二棟あり、一つの家族が仲睦まじく穏やかに温かい家庭を営んでいた場所。
その一角で、一人の若い男が大地に直接蹲り、目を閉じていた。
勿論その人物は、かつてここで両親と弟と共に暮らしていたソラだ。
ゼロには解っている。
ソラがここに、泣きに来ていることを。
涙こそ流していないが、ソラが一人でここに来るのは、悲しみや怒りに心を支配されそうな時。両親の墓標の前まで一人でやって来ては、涙を見せずに…それでも涙が溢れる時もあるが…一人で泣いていた。
しばらくソラには辛いことが続いていたのを、ゼロは理解している。
ソラは優しくあたたかい。
それが、『勇者』への道を共に歩むうちに、却ってソラを傷つけることにもなっている。
だが、ソラの優しさやあたたかさが、ソラにとって最も強い剣でもあり盾でもあるのも、また、真実だ。
そして、その優しさやあたたかさが、ゼロをも救ってもいる。
互いに倒れることを許されない、苛酷な道を歩んでいく、大切な相棒でもあった。
“もう、いいのか”
「ああ、ありがとう」
ソラが体を起こし、墓標の前に座り直した。
かつて暮らしていた家の跡地には、家族で育てていたバラ園と温室が、まるで冗談であるかのように、そこだけ傷つかずに残っていた。
ソラは時折一人で来ては、バラ園と温室の手入れをしている。
非番が休日なら、ただ一人の肉親である弟のテラに穴埋めの家族サービスに勤しんだり、恋人のウミが休みならばデートをしたりもするが、生憎今日は平日だし、ウミもまた図書館のシフト勤務日だった。
立ち上がり、ソラはバラ園に座り、持参したクラブハウスサンドイッチとポットの紅茶で昼食だ。
普段ここへ来た時も、まず両親の墓参りをして昼食、そしてバラ園の手入れは定番だった。
“なあ、ソラ。お前のオヤジは、どんな人だったんだ?”
「ん。どうしたんだい?」
“いや、何でもねえよ。ただ、お前のオヤジって、どんな男だったのか。それが知りたいだけだ”
サンドイッチを頬張りながら、ソラはしばらく考えていた。
「……父さんは、優しいだけじゃなくて、厳しい部分も結構あったな。でも、俺を、最後まで信じてくれていた」
ソラは目を閉じていたが、ゼロは見ていた。
ソラの父が全く躊躇せず、勇気を振り絞った息子の盾になった全ての顛末を。
「……俺が四つの時、ベルリンにいたけど、ちょうどドイツ統一の混乱で、父さんはフンボルト大学の客員教授としての仕事を失い、それに俺はいつ死ぬかわからないくらいだった。
……妹が生まれて来られなかったのは、俺が病弱じゃなければ」
“お前のせいじゃねえよ”
「…そうかもしれない。でも、そうでもないかもしれない」
“珍しいな。学者肌のお前がそんなこと言うとは”
「……そうかい。ん。父さんのことだったな。君には、どう見えてたんだい?」
“オレに聞くなっ! 挨拶する暇もなかったんだからな!”
「父さんは、あれでなかなかユーモアもあったよ。罪のない悪戯が大好きで、よく俺やテラがキャーキャー言うのを見ては笑ってたな。
一緒にお菓子や食事を作ったりもした。
母さんが日本の食事に馴染みきれなかったから、父さんは寿司を食べたい時は、母さんとテラが東京へ宝塚を見に行く時に、俺と二人で寿司屋に行った」
“へえ、二人だけの秘密かよ。スシ・パワー行ってたのか”
「まさか。父さんがご馳走してくれるんだから、もっといい所だよ。市役所市民広場の西にある『漁火』さ。父さんのたまの贅沢で旨い日本酒が飲める店だから、俺がいつも運転手だったな」
“テラも寿司が食えるようになったから、行ってみたらいいじゃねえか”
「行くならウミと行くよ。テラにスシ・パワーと同じ調子でパクパク食べられたらたまらない」
“けっ……! 熱いぜっ!”
ゼロが軽くからかうと、ソラは笑って食事に戻った。だがサンドウィッチを食べ終え、ポットの紅茶を飲んでいたとき、ポツリと呟いた。
「……俺は、あの時の父さんのように、誰かを愛せるだろうか」
“ん? どうした。ソラ”
「なんでもないさ。さて、バラ園の手入れを……」
離れた場所から鳥の声が届くばかりの静寂を、B・i・R・Dグラムからの緊急コールが破った。
「ソラです!」
「ソラりん、大変! 名古屋上空にワームホールだよ!」
「俺の現在地は、元の俺の家です」
「ソラ、直ぐにタカフミとサヤに迎えに行かせるわ。着替えてスタンバってなさい」
「ラジャー!」
ソラはビートルのリアシートを跳ね上げ、シークレットケースからB・i・R・Dスーツを取り出した。
take-25 →
https://www.alldesu.com/diary/78633
← take-23
https://www.alldesu.com/diary/78604
コメント
もも
2022年 01月12日 11:16
緊張しますね
ふしじろ もひと
2022年 01月12日 17:55
もも様こんばんは。
ここからしばらく厄介な敵との戦いになります。