<『史上最低の侵略』その16>
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take-16
SEPTEMBER 20TH PM 18:55
「梓ママさん、こんばんはっ」
若草色が眩しいシャツに夏の制服を着たテラがアリーナ生活棟一階にある、ラウンジ『カナリー』にやってきた。
今日は水曜日。ソラがアリーナ勤務ならば、兄弟二人で『カナリー』で夕食を取る日だ。
だが入口の本村梓グレートママはなぜか挨拶も返さず、常ならぬその場の空気にも気づかず通り過ぎるテラの背中を見送りつつため息をつくのだった。
「あれ。兄さん。今日は先に来てたんだね」
兄のソラは水槽のそばの席に座っていた。腕組みをして、目を閉じたまま。
「……テラ。いいから座って」
テラはようやく気づいた。兄がえらく不機嫌だと言うことに。
「あ、もしかして、兄さん。怒ってる?」
当惑しながらも、テラは兄と向かい合って座る。
「ごめんね。兄さん。また物理のテスト30点取れなかったよ。怒ってるの、そのことだよね?」
「……物理のテストか。それはテラがキチンと勉強しないからだろ。
それより、なんで真柴リーダーと、デートなんかしてるんだ?」
組んでいた腕が解かれ、ソラのオッド・アイが見開かれた。
「えっ? ああ、月曜日のこと? だってツクヨさんのお休みって、一ヶ月に一回でしょ。だからツクヨさんとご飯食べに行くんだ。
だって、今日だって、兄さんとアリーナでご飯食べてるでしょ」
「それとこれとは話が違うだろっ! なんで、リーダーとデートしてるんだっ!」
立ち上がるやテーブルを叩くソラ。前にあるグラスから冷水がはねる。
「だ、だってツクヨさんも疲れてるでしょ。だから、僕と一緒にご飯食べたら元気になるっていうから。
……それにツクヨさん、美味しいお店よく知ってるし」
うろたえたテラが必死に言い訳するが、兄はまったく聞き入れてくれない。
「いい加減にしろっ。なんでリーダーなんだっ! おまえにはもっとふさわしい相手がいくらでもっ」
「ひどい! なぜそんなこというのっ? ツクヨさんはとっても素敵なレディーだよ。マドモアゼルだよ!」
とうとうテラも声を荒げ、本格的な兄弟喧嘩に突入してしまった。
ソラとしては、ただ弟に平凡かつ平穏な人生を送ってほしい一心だった。兄の目には画才こそあれ同年代の少年たちに比べても幼さを隠せない弟。しかも相手がそんな弟とは歳の差はまだしも住む世界そのものが違うような呵責なき歴戦の女戦士となれば、いくら治療法や新薬の開発が現在急がれ、アデレード医療本部で新薬の開発が最終段階に入ったと倉澤チーフから聞かされていようと、難病に冒され予断を許さぬ弟の将来に兄としてナーヴァスになるのも無理からぬ話ではあったかもしれない。
だが今ここで直面しているのは、古来より「お医者様でも草津の湯でも治せない」と言われる鯉ならぬ恋の病。ある意味難病よりもタチが悪い問題に立ち入ってしまったという自覚すら持てずにいたのは、やはり焦りのなせるわざというほかなかった。
とまれカストルとポルックスにも例えられる仲良し兄弟の喧々囂々たる兄弟喧嘩は、折悪しく夕食時ということもあって周囲の隊員たちの注目の的になっている。見かねた梓グレートママがブレイクを入れようと氷水の入ったポットを手にしたとき、誰かが『カナリー』に入って来るや、ソラの背後に立ち咳ばらいをした。
「あっ! ツクヨさんっ!」
その言葉に、ソラは固まる。
「り、リーダー、なぜここに? たしか出張先は上海だったはずでは……」
背後に立つその姿は、昨日アリーナへ戻るなりベルセルク星人との戦いを議題とする非公式会議の召集を受け、自ら小型高速機で上海アジア本部へ飛んだはずの真柴リーダーその人だった。
「たった今戻ったばかりよ。それよりソラ。なにをテラちゃんに怒鳴ってるの?」
「ツクヨさんっ。兄さんったら酷いんだよ。僕とツクヨさんがご飯食べちゃいけないって怒るんだ!」
頬を膨らませてプリプリして見せるテラの前につと出るやソラのオッドアイを正面から見すえる真柴リーダーのその眼力。相手の本気を瞬時に悟ったソラも負けじと睨み返すが、B・i・R・Dでの戦いの日々で鍛えられていたとはいえ、本気を出した戦女神に抗するには年季が足りないとしかいいようがなかった。ねじ伏せられるように視線を落としたソラの耳に勝者の声が届く。
「テラちゃん、じゃあ私とご飯食べましょ」「うん」
立ち上がったテラはソラから離れ、水槽を挟んだ反対側に回ると、美貌の阿修羅と向かい合わせで座った。すがるような兄のまなざしも、もう弟には届かない。ソラがうなだれた瞬間、狙いすましたように鳴り響く音楽。思わずつぶやく梓グレートママ。
「誰よ。こんな曲リクエストしたのは」
勝敗の決した『カナリー』に響いたのは、FMユメノリクエストアワーだ。曲は宝塚歌劇団バージョンの『ベルサイユのばら』のメインテーマと言うべき『愛あればこそ』 劇の重要な場面で必ず奏でられ、まったく異なるシーンに応じたニュアンスで舞台を盛り上げる奥深い名曲だ。
テラと真柴リーダーの2人には、それは華やかで歓喜に満ちたプロローグの総踊りの場面。だが敗れたソラにとっては断頭台へ消えるマリー・アントワネットのエンディングテーマにほかならなかった。そしてそんなドン底気分のソラに、さらなる追い撃ちをかける内なる声!
“どうしたんだ。ソラ。テラと一緒にメシ食わねえのか? リーダーとだってしょっちゅうメシ食ってんのに、なにも一人で食わなくたっていいじゃねえかよ”
……言うまでもない。ソラと共に地球を守り、勇者への道を歩む光の国の若き戦士、ウルトラマンゼロだ。
だが怪獣退治こそ凄腕でも、まだ純粋な……というより世間知らずのネンネ坊やというべき己の、男女の機微などまるで理解していない疑問が哀れな相棒のA定食のローストチキンの涙味をどれほどしょっぱくさせているか、この無邪気すぎるウルトラ一族の若者には想像すらできなかったのだ。
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コメント
もも
2022年 01月04日 16:48
リーダーカッコいいですねー
ふしじろ もひと
2022年 01月05日 01:16
もも様こんばんは。
伊達に隊長やってませんから……(汗)