＜『史上最低の侵略』その１５＞
ＭＦ

take-15

SEPTEMBER 19TH AM 06:30

「では作戦会議を始める」

　ポンポス星人ボースの号令一下、貧しい朝食を終えた部下たちがぞろぞろ集まってきたのはさすが侵略者の首領というべき貫禄だったが、思えばこれほど貧相な食生活を送っているのにかくも太っていられるのはなぜなのか、結局は体質ということになるのだろうが謎としかいいようがなかった。少なくとも部下の分け前を独り占めしているせいでないことは、皆と変わらぬひもじさで盛大に鳴いている腹の虫が立証していた。おかげで本来地球侵略の作戦を協議する場たるべきこの朝食後のミーティングは、かなり前からいかにしてその日の糊口をしのぐかについての方策を練る場と化していた。だが無残な敗北に終わった初戦の後も戦うたびに黒星ばかりが増えてゆき、なけなしの資材も底をついた今、標的を国会議事堂や都庁などから飲食店やスーパー、コンビニに移し少しでも警戒が手薄な店を狙っては健脚を頼りに食い逃げに明け暮れる彼らの窮状を誰が笑うことができよう。まして彼らは極悪宇宙人や地獄星人などと悪名高きテンペラー星人やヒッポリト星人さえ顔色を失うほどの暴威に、あのとき晒されさえしたのだから。

　だが今朝の会議はとりわけ重大なものだった。昨夜雇い主から突き付けられた最後通告に、３０分後の出勤時間に間に合うよう答えを出さなければならないのだ。５人の宇宙人のどの顔にも、怖いほどの真剣さが宿っていた。それはもし彼らが肝心の侵略に一度でもその真剣さで取り組めていたなら、地球の命運は尽きていたに違いないほどのものだった。

「金か飯か、それが問題だ」
　そう告げるボースの声は、地球に来てこのかた最も厳粛なものだった。
「ワシらの命運はこの選択１つにかかっているのだ」
「ボース様。ここはやはり、金より飯ではないかと」
　ビン底眼鏡を直しながらのドースの言葉に、残りの３人も深くうなづく。

「だってあっちで食べさせてもらえたら、わざわざお買い物行かなくてすむし」
「お料理や後片付けもしなくていいし」
　あまりにも安直な理由だが、真剣きわまりないメースやミースの表情には一切の反論を許さぬものがあった。大きくうなづいたオースも言葉を継ぐ。

「それに金だと決められた金額渡されて終わりでも、飯ならおかわりすりゃこっちのもんですぜ」
　そうだそうだとの声の中、瞑目していたボースの目がくわっと開く。
「決まり、だな」
　威厳をもって立ち上がるや、侵略者の首魁は部下たちに檄を飛ばす！

「これよりワシらは工場に赴きこの総意を雇い主に伝えるのだ。かくなる上はなにがなんでも働き以上の分を取り返せ。抜かるな野郎ども！」
　えいえいおーと気勢を上げるや、忠臣蔵の討ち入りさながらの物々しさで出勤してゆくポンポス星人５人組。自分たちの論理にどれほどの真剣さをもってしても埋めようのない穴があることにすら、全く気づくことのないままに。そして……。



SEPTEMBER 19TH AM 07:10

「総量規制だとぉ？」「そんなの聞いてないぞ！」
「黙れぇえーーっ！」
　持ち前の美貌すら歪めて叫ぶサロメ星人たちの憤激に押され、言葉を失うポンポス星人たちに、兄弟が口々に言い放つ。

「どうせ食えるだけ食えば勝ちだなどとふざけたことを考えたのだろうが、そうは問屋がおろすものかっ」
「おまえたちの食いっぷりを見てそんなことも見抜けぬ馬鹿など宇宙のどこにもおるわけないわ！」

「……そんなにすごいのか？　ワシら」「ご冗談を」「あんなの全然普通っすよ」「そうよそうよ」「これでもダイエットだってしてるしぃ」

　反省どころか自覚すらなさげなその様子に思わず言葉を失くす美貌の双子たち。だが次の瞬間、こめかみの全く同じ場所に太っとい青筋が浮き上がったのはさすが双子というべきかっ！

「ともかくこれからは一膳飯だっ」「おかわりなどとぬかす奴はその場でクビだ！」
「ひ、卑怯よ」「横暴だ横暴だ！」「鬼っ、悪魔！」
「なにが卑怯だ！」「誰が鬼だっ」

　たちまち火蓋が切られる宇宙人同士の労働争議。だが労働運動冬の時代のこの地球で、労働者側が最初の勝利を掴むまでの間にどれほどの血と汗と涙が流されたかの歴史も知らぬポッと出の宇宙人がいきなり勝てるほど条件闘争は甘くはなかった。解雇権を前面に押し立てて迫る経営側になすすべもなく押し切られた彼らは、飯もおかずもおかわりなしのつけっきり。足りなければ弁当でも持ってこいとの条件を呑まざるをえず、かくしてポンポス星特命侵略戦隊５５５（ゴーゴーファイブ）の戦績にはまた黒星が１つ積み上がったのだった。

　大いに溜飲を下げ勝ち誇るサロメ星人たち。だが他ならぬこの勝利が自身に破滅をもたらすことになろうとは、自らの科学力に奢る神ならぬ驕慢な侵略者には想像もできなかったのだ。



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