製品を作って売る生産性がないとみなされているからではないか。資本主義やマルクス主義のはるか以前の古代から営まれてきた人類の根本的な問題が根にありそうだ。また、日本だけでもない事は、最近のフランスの介護士たちの賃上げデモからわかる。どこの国でも安く抑えれてきた。
確かに、介護や保育は自然物から加工して製品を売るわけでもないですからね。やはり、プロ・スポーツや性産業もそうかもしれないが、それらは「体を売る」という発想になるわけで、また、違った面があるわけです。更に、性産業は人格や愛を売るということも含まれている。これも難しいですが、ここでは書きません。
医者や教師もそうには違いないですが、「高度な知識を売る」で賃金の事は理解できます。
日本でも40年前は介護はタダでした。今も育児はタダ。大体、母親たちが無償で労働しているわけですね。子供が泣けば、夜中も徹夜で育児労働する。他の労働と変わらないきつさなのに、「賃金払え」という発想が世界中に起きていない。これもおかしいことです。
因みに、皮肉な事を書けば、工場などの「製品」の材料も元は自然物。タダなのですね。自然本位で見ると、どんな人間も物を生産していません。農業も太陽光、水、土、植物の遺伝子などを利用するものですし。自然本位の見方をすれば、以上のような労働格差も消えるわけですが。労働が難しい障碍者の差別も消えていくかもしれませんね。
それにしても労働とは何でしょう。...。