トシコロさんの日記

2020年 08月04日 16:47

日本の仲良し主義の歴史を振り返って

(Web全体に公開)

  よく1945年まで大日本帝国は続き、その後の日本国も今年まで続いてきたものだと思った。「仲よく」は非常に内向きな発想だから。人間と言うものは、個人にしろ、集団にしろ、内向きになれば、伸びないものであるから。同様に、旧ソ連も1991年までよく続いたと。


  元患者の伊藤まつさんと、島田療育園の身障園生M氏はそれぞれ、「人は気が合う人としか、仲よくできないものだ。それ以外の人と仲よくする事はきつい」と同じ事を証言していた。内、島田療育園は個室がなかったし、多磨全生園もかなりの期間、個室はなかった。そのような所で「仲よくしろ」と言われても、できるものではない。そこからも「仲よく」のおかしさが判る。それゆえ、二人は外に目を向けたから、世界が広まったわけである。

  「仲よく」にこだわった果て、障碍の有無の別なく、男性を子供扱いするようになった女性も複数見てきた。福祉会の規約書に「仲よくしなければならない」みたいに書いてあったから、そうしたわけだが、これでは恋愛関係などはできないだろう。その会は後年でも非婚者が目立つが、「仲よく」を人為的にすると自然な関係はできず、こうなるわけである。例えば、僕などの身障者にそうすれば、差別に当たるかもしれないが、その会はそうでもなかった。また、もっと基本的な事として、仲よくと友情の区別が付かなかった。それゆえ、同じ事をして仲良くする事が友人になる事だと思っていた人が多い。とは言え、人間のやりたい事は一人一人違う。次第に各自が「自分のやりたい事を無視して、仲良くする必要はない。友人作りはおかしかった」とか言い出し、会を止めていった。後年は友人という言葉も否定する例が多くなった。むしろ、自分のやりたい事をして、たたえ合う事が真の友情なのに。やりたい事は一人一人違う。それも当然。友情という言葉をはき違えていたようだ。やはり、国単位で「同じ事」を1940年前後の日本やドイツはしたわけである。ドイツはともかく、日本ファシズムの根の一つも「仲よく」だったかもしれないし、「同じ事を皆で」という、昔の僕の福祉会や身障会での経験も日本ファシズムの亡霊という面もあったと今は気が付いている。教育勅語にあった「仲よく」が日本ファシズムの根の一つだったとしてもおかしくない。今後の研究を待ちたい。

  もう一つ。「愛、あなたと二人」で恋人や夫婦が二人だけに目が行く。人情的に仕方ないが、そうすると視野や心が狭くなり、愛も発展せず、しまいにはエゴ丸出しになり、不幸な別れになるわけである。仲の良さにこだわると、逆に仲が悪くなる。皮肉だし、逆に二人で全人類、全生物に目をやると、愛や慈悲をしようとすると、幸福な夫婦になるわけであるが。戦前から日本でも離婚が本当は多かった。それは何を示しているのだろうか...。

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