昨夜放送されたETVの遠藤周作関係の番組を録画して見ました。
まず、遠藤周作は「生活と人生は違う。歩きで例えると、生活は歩きやすいが、足跡は残らないアスファルト道を歩くようなものだ。人生は歩きにくいが、足跡は確実に残る砂浜を歩くようなものだ」と言っていました。
それから、周作氏が10歳の時に父親の浮気で離婚。父は浮気相手と再婚。母は苦労の後、早くに病死。それゆえ、その父を恨み続けた。踏み絵を踏む神父を描いた世界的な名作の「沈黙」もその影響があったとか。その父は90余りまで長生きしますが、周作氏が65歳の時に病床の父を見舞い、そこで初めて許す気になった。その8年後に周作氏も昇天しています。
僕は最初は関心なかったですが、80年代から好きになり、その作品を読み漁っている。きっかけは、日本人とキリスト信仰の関係を知りたくて。やはり、島田療育園の因縁。島田の歪みは日本人のキリスト教誤解が根ではないかと最初は考えたから。読んだ事を今も付き合っている神父やロシア文学者の友人に手紙で書きまくった思い出もあります。その後は、島田の歪みの根は経済にあるのではないかと思い、放送大学で経済系の講義をたくさん受講したものです。
島田に行かなければキリスト教や遠藤周作にも無関心で、今もその番組は見ていないし、放送大学も受けなかったと感慨深く思います。島田も僕の砂浜の足跡の一つですね。