もし、一グループに二人以上の在日系の人がいたら、多くの日本人は混同しますよ。彼らが同じに見えてくる。また、韓国系と中国系は違うのに、その違いも判らなくなるはず。一人の時は表出しなかった差別意識がもろに出る。
身障関係にも言えるかもしれない。昔の福祉会の内部で身障者が同一視され、一人一人身体も違うのに、同じ介護をされて、身障者たちが激怒したことがありましたが、その件の理由の一つとも根は通じていると思います。
でも、多数派の日本人同士とか健全者同士も同じです。大まかに仲間としか見ず、個性などはあまり識別できていない。心の細かい通い合いがないわけです。本当は寂しいと。
また、男女の違いは識別できても、心の通い合いに乏しければ、本格的な恋愛は不可能です。マイホーム・ヴィジョンを持ち合う男女がお見合い的な結婚はありますが。結婚後に愛が生じれば幸せにもなりますが、そうではなく、不幸や離婚にもなる例が多いわけです。また、そのマイホーム・ヴィジョンには在日、部落系、何かの障碍を持つ者に対しては働かないから、どうしても差別される。こんな事でしょう。結婚は制度的な面がありますから、述べる時は法律知識が必要かもしれませんが、恋愛に関してはグループ内では多数派同士も難しく、ましてやマイノリティは不可能と断言できます。異性と個人と個人の付き合い。身障を持つ僕も、やっと恋愛が可能な状況になったわけです。脳性まひ者としては長く生きて良かったと思います。