拙小説にも出てくる身障の作家・俳人の花田春兆氏は福祉について、「西洋にも良い点はあるが、日本にも元々福祉の伝統があるから、それを掘り起こすことが大切だ。西洋の真似はしなくて良い」と言い続け、江戸時代までの日本の身障者の歴史を掘り起こしました。僕は80年代から花田氏の本を読み続けていますが、若い時は西洋の福祉は優れ、日本などは劣るという考え方でした。でも、色々歴史を独学したり、動物愛護や福祉の面から徳川綱吉を見直す内に、僕も花田氏に近い考えに変化しているようです。また、冷戦時代、共産圏はもちろん、西側の欧米諸国も福祉を宣伝に使ったらしく、日本からの福祉視察者にも優れた面しか見せなかったようです。日本のマスコミも宣伝に乗せられたようですね。共産圏の肩を持つ訳ではないですが、宣伝合戦はどっちもどっち。日本はこれからは我が道を歩いてほしい。無論、日本社会の欠陥やひずみ、独特の差別は見つめ、直していって。日本には縄文からの伝統と仏教の重複の命の尊重が濃くあるようです。
(「日本よりも西洋が優れている」という考えは確かにおかしい。歴史も違うから、比較自体がおかしいかもしれない。同様に過去よりも今が優れているという見方も、世界観が歴史によって違うから、できないかもしれない。ロシアを例に取ると、プーチンはゴルバチョフよりも優れているだろうか)
(日本伝統には縄文文化と仏教のほか、キリスト教も絡んでいるかもしれない。日本の思想の2大巨人の聖徳太子と親鸞は朝鮮まで来ていた景教=中国化されたキリスト教の影響を受けた節があるから。前にも述べたが、聖徳太子の別名は厩戸の王子。それもイエスを連想させるし。日本の景教関係の物証が出てきたら、はっきりする。それまでは不明確にしろ、二人にキリスト教的なものを僕は感じてならない。歴史は面白い!)