5次元の単位の一つの「意識」は動物一体一体に各々ある意識の事です。いわゆる集合意識とか仲間意識みたいなものは存在しないそうです。(量子物理学を究めると、植物や鉱物、惑星や恒星にも意識はあるそうですが、僕には判らないので、それは置いておきます)
成程と思いました。若い時、僕はVYSという福祉会にいた。その会は高島平団地子供会、島田療育園、多磨全生園、東京下町の身障福祉作業所、ある盲学校と活動場所を持っていましたが、僕はその内の三つを選び、行った。残り二つは興味が持てず行っていない。三つを選んだ理由も、僕の意識・心・個性を生かせるものであると直感して行ったと。その中の何か一つを深めれば、僕の意識を生かして、世間も動かせる「仕事」が得られる気もして。三つの内の何か?はまだ具体的に見えなかったですが。内、子供会は後年は子供向け随筆に形を変えて今もしているし、全生園の思い出も時々書いている。その二つも深められましたが、遅れたとは言え、島田も小説化。若い時の想いは当たっています。まだ5次元という言葉を知らない内から、僕はそのようなものを求め続けていたようですね。僕が3つに行った理由も、5次元の観念を絡めて初めて説明付くし、自分で納得もできるわけです。一緒にその3つに行った旧友や、僕の後続で島田に行った身障ミニコミの人たちも、共通する面がある。僕よりもはるかに強く、自分の意識を生かすことを求めて行った人たちも知っています。そのような人たちに共通するのは、皆で飲んで食べて仲良くする事では飽き足らない点です。確かに、仲良し関係は各自が自分の意識を抑圧して付き合いますからね。学校不登校児にも通じるものがありますね。それはともかく、3つに行った理由が判って良かったです。