＊申し出

　言葉を切った省次は知らず身構えていた。ヘルメットからどれほど激しい波動が襲い来るか、予想もつかなかったから。しかし押し殺したような波動と共に返ってきたのは、むしろ視線と呼ぶべきものだった。射抜くようなその感触に若者は気づいた。それが武部の、こちらを底の底まで見通そうとする猛禽めいた視線とそっくりなことに。ここが正念場との決意も新たに省次は吟味していた言葉を口にした。
「人間たちは君たちに踏みにじられながら、対抗する手段を全く見いだせずにいた。けれど僕が君たちの姿形や能力、力を機械で模倣することに成功した。だから君はそんな姿で甦させられた。命じられたことにも完全には逆らいきれない奴隷のような存在として。その結果、君は君の子を殺してしまった。そうさせたのもこの僕だ。そして僕はそのとき初めて、君たちが親子だったことも、最後の二匹だったことも知ったんだ」
「どういうことだ？」
　ヘルメットからのまなざしとそっくりな目で睨みつける武部に省次は告げた。
「彼らは種族最後の群れだったんです。もう長い間、彼らは深い海の底を回遊して生き延びてきました。他の群れと出会うことも全くないままに。そんな彼らが水爆を浴び、ほとんどがその場で死んだ中で彼と彼の子だけが変貌を遂げ生き残ったんです」
「そのヘルメットで知ったというのか。だが、嘘じゃないという証拠は？」
「彼が最初のゴジラとして初めて現れ死んでから七十年もの間、ゴジラが二匹同時に現れたことはない。それが裏付けです」
　口を引き結ぶ武部に背を向け、若者は再び機龍を見上げた。
「君たちが終わらない苦しみに陥った怒りを僕たちにぶつけるしかなかったのは当然だと思う。でも終わりのない君たちの蹂躙が人間たちの反撃を招いたのも同じくらいもっともなんだ。そして今、この戦いはこんな結果を迎えてしまった。互いに無くしてはならないものを喪って。こんなことはもう終わりにしたい」
　息をつぎ、思いのたけを乗せ次の言葉を紡ぐ。

「お願いだ！　ここから、人間のいるところから立ち去ってくれないか。僕の命と引き替えに！」
　話し続ける。ヘルメットからの圧とさえ紛うまなざしの気配に身を晒しつつ。
「僕がいなければ、この戦いは少なくともこういう形にはならなかった。君が機龍として甦ってから後のことは全部、僕がいたからこうなったんだ。君がここに留まる限り人間の命令に抵抗しきれないことも含めて。君にどれほど恨まれても仕方ないことを、僕はしてしまったと思ってる。だからここで死ぬべき最後の者がいるなら、それは僕だ。君じゃない。見てくれ」
　指し示す。湾内に横倒しになったままの砕けた白い顔を。
「君の子と戦ったあの人は、戦いがすめば人間のところから去るつもりだったんだ。君との戦いに協力することを拒んだせいで、同じ人間にあまりにも酷い、もう人間なんかでいなくてもいいと思い詰めるほどの目に遭わされたから。でも、あの人は生き残ることができなかった。だからせめて、君には人間なんかがいないところで生きていてほしいんだ。あの人がされたことに負けないくらいむごいことを、僕は君にしたのだから」

　睨みつけるような感触が薄れ、迷うような、考えるような気配を感じた。自分の思いを証立てなければと若者は続けた。
「このヘルメットがある限り、僕だけは君に、僕を道連れに海の底へ戻るよう命令することもできる。でも僕はもう、君にどんな命令もしたくないんだ。これがその証だ！」
　いいつつ省次はヘルメットのモードを手動優位からＡＩ優位に切り替えた。相手の様子に全ての注意を向けながら。だから彼は予想もしなかった。背後から言葉がかかるかもしれぬとは。


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