＊冒涜

　斜めに差し込む陽光を反射しつつ舞い上がる氷の粉塵に包まれ見通しがきかぬ今の今まで膠着した戦場だった湾内が、あまりに細かな粉塵が陽光に溶け霞と化して潮風に吹き散らされるにつれその惨状を見せつける。氷の床と化した海面を埋める大小様々な氷の破片。そのほとんどはゴジラの背後にいたため直撃を免れたとおぼしきビオランテの特徴を残す棘を持つ根の名残を持つものだったが、それらのただ中に横倒しになっているものを目にした衝撃に省次はよろめき、ついに膝ごと突堤にくずおれる。
　縦に割れた頭部の左半分、蛮族に打ち倒された女神像のごとき狼藉の痕も無惨な英理加の真っ白な顔が、片方しか残らなかった目を見開いたまま若人に向けていた。人を撃った、自分が殺したとの実感に打ちのめされ自失する若者の目が捉えた、そのすぐ後ろに転がる明らかにゴジラの特徴を備えた爪を残した巨大な手の破片。
　色彩を完全に奪われたそれらは、つい先ほどまで生きていたものの名残を全く留めていなかった。古代の神殿遺跡さながらに、絶対的な滅亡の刻印が等しく刻まれていた。その光景が冷線砲の凄まじい威力に麻痺したようだった心にひとつの思いをかきたてる。何度も繰り返された光景なのだ、続けてきたのだこんなことを、と。原子炉による充電が続いているため、エネルギーを失いつつも途切れてはいない機龍の中のゴジラの虚脱した意識と未だ溶け合った状態のままで。
　すると背後から駆け寄る足音が聞こえ、振り向くより早く手が肩を掴んだとたん声が、山川が耳元で叫ぶ。
「よくやった！　これでこそ救国の英雄だ！　君は一族の汚名を晴らし、６０年以上も我が国を苦しめたゴジラの力を栄光を取り戻すため役立てるんだ！」
　話が理解できなかった。すると相手は反応できぬ省次の前へと回り込み、喜々として喋り続ける。
「この勝利は君と機龍の、なにより我が国の門出を祝うものだ。あまりにも多くのものを理不尽に失った我々には、それを取り戻す権利がある。いや、膨大な犠牲者たちの無念を思えばそうすることはもはや義務だ！　半世紀以上も踏みにじられ続けた我々はこれから全てを取り戻さねばならん。それでこそ我々は真にゴジラの禍に打ち勝ったといえるのだ。見ろ、我々の力を！　我々に仇をなし、脅かしたものどもの末路を！」
　湾へ向けた指が割れた女面を指しているのに気づき、さすがに息を呑む山川。だが次の瞬間、嫌悪にまみれた声を漏らす。
「……くたばったか、化け物になり果てた女めが」
　冒涜との思いがこみ上げた瞬間、振り抜いた拳がそんなものを予想もしていなかった横顔に命中し、派手に倒れる山川！　だが省次が感じたものは怒りというよりむしろ嫌悪だった。殴った手さえ穢れた気がした。この男は、機龍を戦略兵器と位置づける者たちは、あらゆるものを貶めている。何もかも自分たちを正当化する材料にして恥じず、当面の脅威たるゴジラが倒れたにもかかわらず、今後もずっと自分たちが敵と見なした全ての相手にこの恐るべき力を振るう気だ。湯原先生が、そして芹沢大介が本当に恐れていたのはこれだったのだ！　そう思ったとき、老教授との最後の会話で告げられた言葉が若者の脳裏に甦る。
”もはや理想の解など存在せぬ難問だろうが、君の信じる最善を見いだしてくれ”

「……わかっておいでだったのですか？　先生。こういうときが来ることも」
　呟きにむろん応えはなかったが、そうだったのだろうと省次は思った。そして予想もつかなかったこの戦いの帰趨とその果てに見せつけられた人間の業深さに、ついに覚悟も定まった。
　省次は機龍に向き直った。自分が信じる最善を、今、この場で尽くすべく。


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