＊最悪のゴジラ

　その驚愕を意識の端で感じながらも、それは省次の注意を引かなかった。意識が完全に英理加に向いていたから。
「今ではゴジラを憎んでいる人は凄い数で、その人たちの中には僕たちが芹沢の一族だから憎しみをぶつけずにはいられない人もいます。何度もそんな人に会いました。そのたびに身が竦む思いでした」
　武部に向けられた腹の底からぶち抜くような憎悪を思い出しつつ、省次は言葉を継ぐ。
「でも、あなたはなにか違うんです。なぜかわからないけれど、無理にゴジラを憎もうとしているようにしか見えないんです」
「……見えて、いたのね。君には」
　僅かに視線をそらす緑の顔に、告げた声に滲む苦い含羞としか呼びようのないものに、省次の胸がずきりと疼く。そんな若者の見る前で、そらした視線を身動きもつかぬゴジラに向けた肩から上だけが人間の形をとどめた女が、息を切らしつつ話し始める。省次に聞かせるというより、自分に確かめるもののごとく。
「確かに、ゴジラは、この国に、渦巻く、憎しみの、起源とも、源泉とでも、いうべき、もの。けれど、ゴジラは、あまりに、強く、人間の、憎悪など、寄せ付けない。その、不毛さに、耐えられず、人々は、手応えの、ある、獲物を、求める。痛めつける、ことが、でき、傷つければ、苦しむ、相手、を。よって、たかって、やり玉にできる、者をっ」
　思い当たり過ぎることだった。そのうえ芹沢の自死が第２のゴジラへの対抗手段を奪う結果となったことが厳然たる事実である以上、自分たちにはいかなる抗弁も許されようがなかったのだ。半ば竦み上がりつつ一方的な暴力が通り過ぎるのをただ待つことしかできなかったあの長い日々。同じ場面に至ればそれは今なお省次を竦ませる力だけの威力を保ち続けている。だが、
「そんな目、に、遭えば、遭うほど、怨みが、憎しみが、積もって、ついに、は、あんな、目に、まで」
　限界を超えてしまったのだと悟ったとたん、答えが天啓のごとく閃いた。そのまま人間に向くのをぎりぎりで回避するためにこそ、彼女はそれらをゴジラにぶつけるしかなかったのだと。
「それで、消せればと、思ったの。大元の、ゴジラを、倒す、ことで。なのに、まだ、消せていない、まま、私は、この子と、ゴジラ化、して、しま……ぁあぁーーっ」
　ついに肩にまで達した浸食により、大まかな形だけは人のものだった腕をも冒し始める巌の表皮！　そんな両肩に爪を立て身をよじりながらも、必死の形相で告げる緑の女面！
「この、まま、呑まれ、たら、本物の、ゴジラ。でも、消せて、いない、憎しみが、残れば、最悪の、ゴジラに、なる。きっと、人類を、根絶やしに、して、しまぅうっ」
　いうなりまだ海底に残していた根を残らず引き抜くや、ゴジラの頭部まで完全に巻き付けつつ絶叫する英理加！
「撃って、機龍で。冷線砲なら、一発で、私ごと、斃せる！」


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