「た、確か真柴リーダー、逃げるふりとか言ってたよな？」
「話が全然違うじゃん！」「１週間じゃ割が合わんぞ！」
　パニック寸前の身に残された理性で、あくまで食券に執着する異星人たちのなんたるいじましさ。だが、
「くらえっ！」
　頭上をかすめた斬撃が右横の壁をぶち抜いた瞬間そんなものは一気に吹っ飛び、昆虫人間たちは種族の逃走本能が命じるまま、ゴキブリ顔負けに遁走する。そんな状態の彼らに、相手が巧みに自分たちを部屋から部屋へ追い立てているなどと気づけるはずがなかった。


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　悪夢に苦しむ少年を閉ざしたドームに覆い被さりつつ、上空に飛来したワルキュリアを映す巨大スクリーンを見上げて嘲笑する少女の姿の邪悪な闇。
「蚊トンボめ。こいつらを食らったときの反応を嗅ぎつけたな。だがもうきさまらごときに手出しはできぬ。呼べるものなら呼んでみよ、ウルトラマンゼロとやらを！」
　だが、そのワルキュリアのコクピットに戻っている青年こそがそのウルトラマンゼロであることを、異世界の怪物は知るべくもなかった。まして目まぐるしく変化するモニターを見つめつつ、弟を人質にしている自分にどんな思いを抱いているのかなど。


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　それは一見、黒衣の女に向けられたほどの生々しさを持っていないように見えた。だがそれが単なる激情などとは次元の異なるものに変容を遂げていることを、内部にいるウルトラ一族の若者はひりつくように感じていた。これほど峻厳なソラをゼロは見たことがなかった。
　知的生物の精神を、何より恐怖を好んで貪るビーストの性質の忌まわしさ。それを彼女に教えられたことで、兄には優しく繊細な弟の精神を化け物がなぶり苛む様が我が事のように感じられるのだった。確かに人質として有用である限り、テラは殺されないかもしれない。だがそれが決して弟の無事を意味しないことを、ソラは誰よりも知っていた。
　失敗は許されないが時間もない。その思いゆえに彼は、報告を受けた真柴リーダーが取ろうとした現状を把握した上で対策を考えるという方針に、あのとき異を唱えたのだった。



「では、どうするつもりなの？」
「ピット星人の基地をビーストが占拠しているのはほぼ確実ですから、状況確認と同時に動けるよう布陣を整えて臨みます」
「勝算はある？」
「相手がビーストなら、彼女とゼロの協力でおびきだす状況は作れます。家に連絡すれば彼女は動いてくれますし、それをゼロも察知して来るはずです。俺を助けてくれたときのように」
「アドリブ頼りのお芝居でも役者は揃うわけ？　でも、それは賭けよ」



　そんな回想のさなか、ゼロが話しかけてくる。
”ねーちゃんにビビって連中がバラバラにならないようにだけはしたけどよ、テラのこと、自分で確かめたかったんだろ？”
「もちろんさ。でもポンポス星人や彼女はテラのことを知らないことになっているから無視していってもいいけど、君の姿でそれだとおかしいし、だからといってそこで戦うわけにもいかない。この賭けは気づかれたら負けなんだ。なにがなんでも奴を釣り出すしか！」
　彼女の話ではビーストは犠牲者を生きたまま取り込み、じわじわ同化されてゆく獲物の恐怖や狂気を見せつけながら光の巨人を挑発したことも多々あったという。彼女の弟はそんな戦いの中、肉体以上の激しさで精神を擦り減らしていったのだと。毛ほどのミスも許されない状況ゆえに狂おしい不安を意志の力で押さえつけているソラ。その限界まで張り詰め、研ぎすまされた心をゼロもじかに感じているのだ。

　そのときモニターに飛び込む新たな映像。半球形の透明ドームに覆いかぶさる姿が瞬時に流れ去る。サーチし静止画を呼び出すソラを驚愕の表情で画面から見つめる、獲物にしなだれかかる夢魔のごとき少女。
　瞬間、眼下の廃墟の壁が破裂し飛び出してくる一群の影。その最後尾に向け急旋回するワルキュリア！