夢野市の西部にある小高い天神山は夢野シティでは最も規模が大きく、また初春には梅の名所となる夢野天満宮がある。
そこから山沿いに西へ更に行けば、天神山自然公園が広がり、その麓には煉瓦造りのドイツ風のオーベルジュ『レナニア』がある。
ドイツ人オーナー、アルハイム・H・マテウスは、一階エントランスそばにあるオーナールームで万年筆と電卓で売上を計算していたが、その手は止まりがちだ。妹の遺児である兄弟のうち、弟が何者かに誘拐され、なんの連絡もないためだ。
何度目かわからないため息をついた時、エントランスのドアをノックする音が聞こえた。
「申し訳ございません。本日は休館日となっております」
「……ソラさんから、紹介を受けてます」
若い女の声だ。ソラの名前を出して来た。叔父上がドアを開けると真夏で蝉時雨の真っ只中だというのに、黒づくめに長い髪の若い女が立っていた。
「ソラさんから、手紙です」
女が差し出した手紙は、アリーナの便箋に、確かに甥のソラの文字で綴られている。
「……わかりました。こちらへ」
周囲に気を配りながら、叔父上は女を招き入れた。
ここオーベルジュはレストランでもあり、ホテルでもある。
人の出入りが活発ながらも閑静な自然公園そばで、今日は月に一度の休館日のため、叔父上と家族の世話をする聾唖の執事しかいない。
三階にある兄弟の部屋に通された女が周囲を見回すと、たくさんの絵画がある。目を離せなかった一枚は幼く下手くそな、でも愛情がこもった絵だ。
ぼくのうるとらまん そらにいさん
まだ輪郭やプロポーションもなってない、『ら』の文字が左右反転しているクレヨン描きの稚拙な絵だが、幼い弟には大好きな兄がうるとらまんに見えるのだ。
ソラのベッドのそばには、兄弟の写真が何枚も貼られていた。どれも兄弟二人、いい笑顔で写真に収まっている。
「兄さん……、タクヤ……」
ヒロコと名乗った別な宇宙からの旅人は、そっと呟いた。
----------
アリーナの生活棟一階。ラウンジ『カナリー』では人払いをして、我等が『ミラクル・ワイルド・セブン』と、ヘナチョコ侵略者五人組が対峙している。
流石に自称侵略者(いや一応本物の侵略者だが、あまりのビンボーとヘナチョコぶりにただの不法入国者の一団としか見えないが)を、ミッションルームへ通すのは危険なためだ。
艶やかな紅い唇の口角を上げて微笑むジャパン号令。しかし、その目はまったく笑っていない。
「条件つきで、釈放してあげてもいいわよ。ただし」
釈放と聞いて喜ぶと思いきや、なぜかド派手にブーイングするヘナチョコ侵略者たち。
「お前らなあ。なんでイヤやねん」
呆れ返るタカフミに、
「だって、ここにいたら飯が食える!!」
異口同音に五人が答える。そして普段の貧しい食事と、ここで味わった至福の食事を比べては、歓喜に浸っている始末。
ここ夢野市は食べ残しをゴミではなく資源として回収し堆肥を作って販売しているため、残飯を捨てることはまずない。市民のエコロジー意識も高いため、周辺市町村では屈指のゴミの少ない街だ。なので基地から出る残飯さえ食ったことのない彼らが、
「あの金色のきつねうどんのダシ!」
「サバの味噌煮のまったりとした味噌とこってりしたサバの、あの味わい!」
「半年ぶりに食べた、肉のかたまり!」
「つやつや炊きたてご飯に、黒々した海苔!」
「けんちん汁、お代わりしたかった!」
などと生活部のママ達が聞いたら喜びそうなセリフをいうのはわかるにせよ、ここがヘナチョコ侵略者にタダ飯を与える福祉施設でないこともまた当然な話といわねばならない。
「そういえば、うちのフミタケの顔をグーで殴った方がいましたよね」
倉澤チーフが自分とソラのブラスターシュートを二丁拳銃にするやブーイングするヘナチョコ侵略者に向ける。
「誰よ。妹のユカリを縄で縛って誘拐しようとしたのは」
サヤが両手の指を組み、ボキボキ鳴らしてみせる。
「弟のテラを袋に入れようとしたり、冬の寒風山で縛ったりしたのは誰でしたかね」
ソラも腰に下げている『碧宙の剣』の束に触れ、口々に文句を言うヘナチョコ侵略者を月ですら凍りつくような冷たい眼差しで見つめる。
「あなた方は侵略者。ここで私達があなた方を始末しても、それは防衛チームの努め……」
艶やかな笑みでヘナチョコ侵略者に微笑むB・i・R・Dジャパンアタックチーム隊長にして代表者。ようやく事態が飲み込めた五人組は一カ所に固まって震え上がっている。
「情けない侵略者やな」
呆れ果てているタカフミの背後から、さらに艶然と微笑みかける女隊長。
「実はあなたたちに、作戦に協力していただきたいの。報酬はこのラウンジ『カナリー』で通用する食券を朝昼晩の三回を一週間分。今ならデザートとドリンクチケットもサービスできるけど、いかが?」
コメント
もも
2020年 07月23日 03:07
美味しいご飯で良かったですね
ふしじろ もひと
2020年 07月23日 03:29
もも様こんばんは。それだけに、美味い話には裏があるといいますか……(汗)
もっさん
2020年 07月23日 09:55
食券1週間分!!
5人組にとっては何よりの報酬ですね。
デザートとドリンクまで付けば
俄然やる気が出るでしょうね。
ふしじろ もひと
2020年 07月23日 11:36
もっさん様こんにちは。問題は真柴リーダーにやらされることが、その報酬で釣り合うようなことなのかですが……(大汗)