「に、兄さん……」
テラが目を覚ましたのは、確かに柔らかなベッドの上だった。だが、見たこともない部屋だ。
そして、頭が痛い。
なんでだろう、とテラは記憶を辿った。
昨日の夕方まで熱海にある西画伯の別荘で、多くの画家や彫刻家と出会ったアーティストとの交流会は素晴らしいイベントだった。十八歳で未だ現役の高校生であるテラは最年少であるが、参加していたアーティストはみな、テラもまた「同業者」であり、「ライバル」として接してくれた。
特にとある若いポップアーティストは一方的にテラをライバル視して、負けないからな! とライバル宣言されたりもした。
画伯の別荘からは熱海の街が見下ろせ、海も見えたし西画伯や画伯の家族が作ってくれたご飯も美味しかった。
素晴らしい三日間を過ごして帰路につき熱海駅まで来たら、新幹線が動いてなくて待ちぼうけをくらい困っていた時、ソラからの電話で、ツクヨさんが取ってくれたホテルで休んで、翌朝帰るよう教えてもらいチェックイン。バッテリの切れそうな携帯電話を充電してから、千円札と小銭を入れた小銭入れだけ持ってフロントへ降りた。新幹線のトラブルのためか、立ち寄ったコンビニではサンドイッチや弁当は売り切れていたため、夜九時前だというのに夕食にありつけていなかった。フロントで近くにある小さなレストランを教えて貰って行ってみたら、ハンバーグがとっても美味しかった……。
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「その女の特徴、なかったですか」
熱海へ戦闘車輌『ブラック・パンサー』で急行したのはサヤとヒトミだ。ソラでなくサヤたちに行かせたのは、真柴リーダーの配慮だ。
ヒトミは静岡県警察のスタッフとテラの部屋へ向かい、サヤはフロント奥のスタッフルームで、当日の夜いたスタッフに話しを聞いていた。
あの日、当日中の新幹線復旧は無理になったためホテルはごった返していた。しかしベテランのフロントマンは、不審な女を覚えていた。
宿泊客でも、その家族らしい人物でもない女が、ごった返すロビーでソファーに座り、新聞を読んでいたというのだ。
「あれは気持ち悪い人でしたね。綺麗ではあるけど、暑いのに、フリフリした真っ黒い服を着ていて、真っ赤なピンピールを履いて、そうだ。天河様がドアから戻ってきて、立ち上がって話し掛ける寸前に笑ったんですが、その、凄い迫力でした」
さすがベテランならではの観察力だ。
「フロントの防犯カメラの映像を、拝見できますか?」
静岡県警察のスタッフと共に見ることとなった防犯カメラの映像の中、その女は、テラが部屋から食事へ出たのと入れ違いに、フロントのソファーに座った。足止めになったビジネスマンや観光客でごった返すフロントの中でさりげなく、だがひたすら待ち続け、テラが戻ると女はソファーから立ち上がり、緊迫した様子で話し掛けた。そして青ざめたテラを伴い、ドアから出ていったのだ。
「ゴスロリなのに、生足…?」
サヤが気付いたのは、その女のちぐはぐさだった。ゴスロリを着る女の子は、肌を見せるのを嫌うことが多い。だが、この女は定番のタイツではなく、生足に真っ赤なピンピールを履いて脚が綺麗なことをアピールしている。
フリフリのスカートも、超ミニと言っていい丈だ。化粧も元の顔を無視してビスクドールのように作り込むことが通例だが、その女は美少女であるためか、自分の元の顔を生かした化粧をしていた。
そしてサヤがゾクリとしたのは、テラを見つけ、ソファーから立ち上がる前の女の表情だ。フロントマンのいうとおり、それはまさに自分の間合いに入ったか弱い餌を睨む肉食獣さながらの、凄みのある笑みだった。
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「そうだ。確か兄さんがアリーナでの爆発事故で大怪我をしたって!」
フフ……。
笑い声にテラが振り返ると、ホテルのフロントで話し掛けてきた女が立っていた。
「お目覚めね。さ、朝ごはんよ」
コンビニのサンドイッチと缶コーヒーを、投げてよこして女は続ける。
「天河フランツ大地、貴方はイケニエよ。ウルトラマンゼロの完全なる敗北と死へのショーを完成させるため、ここにいて貰う。貴方はここで、ゼロの最期を見届けるのよ。フフっ」
立ち上がろうとしたテラの左足首には、重い鎖が巻き付けられていた!
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「じゃあヒトミ。後はお願い。何か分かればすぐ連絡して」
ヒトミを熱海に残し、静岡県警察とテラの捜索に協力するようにして、サヤはアリーナへ帰路を取った。海上をホバー機能で滑空したため、ほどなくサヤは帰り着き、滑走路に着陸した。
だから出会わなかったのだ。ゲートで警備員と押し問答する、ソラの報告そのままの姿の黒衣の女には。
コメント
もも
2020年 07月17日 01:51
鎖なんですねー
アナログ的ですねー
ふしじろ もひと
2020年 07月17日 02:35
もも様こんばんは。
なにせ途中でほっぽり出されたビル工事現場を利用した基地ですから(汗)
もっさん
2020年 07月17日 10:00
サヤはよく女のちぐはぐさに気付きましたね。
サヤは観察力が鋭いのはもちろん
ファッションにとても関心がある女性なんでしょうか?
ふしじろ もひと
2020年 07月17日 18:04
もっさん様そろそろこんばんは。これはAさんが担当された回だからこそで、僕には逆立ちしても書けません。やはり女性の方は目の付けどころが違うなあと思うばかりで、作者がそういう方だからこそサヤも待機中にファッション誌に目を通してたりするわけです。Aさんパートでは主人公たちの実に美味しそうな食事場面もけっこう出てきたりもするわけですが、これも僕には到底マネできないものなので、だからポンポス星人パートはひたすら食生活が貧しくなるという……(大汗)