夢野市旧湾岸通。開発の波が他の区域に移って久しく、夜ともなれば人影もない老朽化した建物ばかりが目立つ翳濃き区域だ。だから大の大人が５人も、それも必死で走っているなどという光景は珍事と呼ぶほかないものだった。おまけに１人は人間の顔をしていないのだから。彼らポンポス星人、この地区に目をつけ潜伏する侵略者の数あれど、逃げ足だけは超一流。あまたの危難を最後は常にその健脚だけで切り抜けてきたのだから、大したものには違いない。そんな彼らの逃走能力が恐怖でブーストアップされているのだから、およそ人間の脚で追いつける速さではありえなかった。
　彼らとしてもこれほど必死で逃げ回ったのは、侵略のためこの地球を訪れた日以来のことだった。あの日地球征服という高邁な使命感より年金の保証された安楽な老後にかられて遥かな銀河を渡ってきた彼らを待っていたのは、地球を丸ごと覆い尽くす恐怖の暗雲だった。甘い夢に浸り敵状の把握を怠った彼らは、よりによって暗黒大皇帝エンペラー星人による地球侵攻の真最中に到着してしまったのだ。彼らの自負ほど頑丈ではなかった宇宙戦艦は渦巻く暗雲に呑まれた瞬間脆くも瓦解し、搭載する備品もろともマリアナ海溝の藻屑と消えた。命からがら脱出した彼らは街を蹂躙する巨大ロボットインペライザーの足元を征服する相手のはずの地球人と一緒に逃げ惑うしかなく、一時は使命もへちまもなくウルトラマンメビウスとＧＵＹＺの苦闘に一喜一憂しつつ声援を送っていたのだ。

　むろん今の彼らにそんな過去を振り返る余裕はなかった。宇宙一といって過言でない逃げ足を誇る彼らに、だが背後の追跡者はじりじりと距離を縮めつつあるのだから。その事実一つだけでも相手がただ者でないのは明らかだった。
　だが両者の脚力が伯仲している以上、切り抜ける手はあるはずだった。この迷宮のようなスラムで５人がバラバラに逃げれば、追っ手をまく勝算も十分に期待できただろうから。その程度の機転もきかせられずになぜ他の星の侵略などという大それたことに手を出したのかは深遠な宇宙の謎の一つではあったが、結局、暴くべからざる秘密もこの世にはあるということだろう。遠い異星で容赦ない生活苦にあえぐ彼らの窮状を思えば、一人で逃げるのが怖かったというより誰かが追っ手に捕まるのを仲間への思いが許さなかったことにしておいたほうが、武士の情けには違いない話であろうから。

　ともあれ彼らは５人仲良く、ついに湾内に突き出た廃突堤へと追い込まれてしまった。
「い、行き止まりだと？」「誰よこんな道選んだの」「だって、みんながこっちへ行くから」
　暗い海面を前にいい合う５人の宇宙人の背後から冷徹な響きを帯びた女の声が呼びかける。
「ここまでよ。宇宙を荒らしまわる侵略者！」
　いわれて顔を見合す５人組。
「……そりゃ、確かに侵略者だけどよ」
「なんだかすごく買いかぶられてないか？」
「自慢じゃないけどまだあたしたち、作戦が成功したことなんか一度もないんですけどぉ」
「黙れ！　たとえ私の宇宙でなくても地球に手出しは許せない。野望もろとも滅ぶがいいわ！」

　じりっと距離を詰める鬼面の女。広げた両腕が再び長大な爪に変形し、しだいに白く輝きはじめる。縮み上がり身を寄せ合う５人組の背後から、そのとき海面近くを旋回し迫る２つの光。
「なに？」
　攻撃の姿勢を解き堤防の陰に退く黒衣の女。入れ替わるように突堤の先端に着地する２台の特殊戦闘車両。
「Ｂ・ｉ・Ｒ・Ｄだぁ」「た、助かった！」
　口々に叫ぶ５人組のあまりに侵略者としての自覚に欠ける言葉も、命の危機にさらされたばかりの状況を思えばやむをえないというべきか。
「反応があったのはここです。あ、おまえたちは！」
「ポンポス星人！　さてはおまえらまた悪巧みをっ」
　いいかけるソラとタカフミに５人の宇宙人がすがり付く。
「た、助けてくれ！」「殺される～」「早く乗せてよォ」
「な、なんだなんだおまえら？」
　パニック状態の５人組に面食らう２人の防衛隊員。すると切迫した女の声が叫ぶ。
「騙されないで！　そいつらは悪魔よ」

　姿を現わした女からは角も爪も消えているが、５人組の悲鳴にソラもタカフミもとまどいつつ両者を見比べるばかり。そのときソラの内側でゼロの思念が警告する！
”ソラ、さっきの怪獣反応はこの女だ”
”なんだって？”
　ソラは意を決し、タカフミに声をかける。
「彼らを護送願います。あの人の話は僕が」
「じゃあ話は本部で。こ、こら、急ぐな！」
　タカフミが取り出す手錠をひったくって自分で付けつつ我先にホワイト・タイガーへと転げ込む５人組。
「だめよ！」
　急発進するホバー車両に駆け寄る女を阻むソラ。
「君は誰だ！　まさか、別の宇宙から？」
　打たれたように動きを止め、黒衣の女はこわばった顔をソラに向ける。