「美濃部亮吉、当選確実。１９０万７４５３票．．．」。


　　　１９６７年４月の都知事選挙の翌日のテレビ放送である。林田博士も、職員たちもテレビの開票速報が気になって仕方なかった。まだ選挙権は持っていないとは言え、身障室にいる秦野君や高田君なども気になっていた。それまでの東（あずま）都政はオリンピックにばかり予算をつぎ込み、シマハタへの福祉予算も少ししか出さなかったからである。新都知事が誰になるのか、また、その福祉政策はどのようになるのか、皆興味津々である。美濃部亮吉氏に決まったことを知ると、職員たちはめいめい自分の想いを自由に語り合った。

　　

　　「私は、美濃部さんに期待するわ。テレビの演説でも、お年寄りとか、体の不自由な人たちの福祉の話もよくされるなど、優しそうな人柄が見えるし」

　　「口先だけじゃないの。政治家はみなウソつきよ。期待なんて、できないわ」

　　「僕はクリスチャンだけど、美濃部さんの推薦人には牧師もいるし、ウソつきではないと思うな。美濃部さんに投票したよ」




　　　林田博士も冷静に新都知事を見ていた。

　　　　

　　　「この人ならば、シマハタへの補助金もかなり出してくれるかもしれない。特に、新しい予算ができる来年度が楽しみだ」と独り言を言った。

それゆえ、東京都の福祉局に、シマハタの経済状態の細かい資料の手紙を送り、補助金増額の要請をした。

　　遅くはなったが、返事が来て、「前向きに善処したい」と書かれてあった。林田博士は

　　

　　「期待通りだ。良かった。果報は寝て待て。しばらくは待つとするか」と職員の前で述べた。

そして、事務室に行き、園児の生活費と医療費、職員たちの給料と食費、園の光熱費などを徹底的に調査し、計算書を書き出すように指令を出した。

　　　「これが大事だ。都に提出して、補助金を増額してもらう．．．」と独り言をつぶやいた。




　　秋になり、都から

　　「来年度から、職員の給料を増額」

　　一般サラリーマンとはまだまだ格差はあるが、職員たちは喜び、「月給が上がったら、秋田のお母さんに東京のセーターを買って、贈るの」などと、口々に話していた。

　　

　　　

　　　同じころ、、学生運動の様子が盛んにテレビで放送されていた。ゲバ棒をふるって暴れるシーンもあれば、平和や人権を熱っぽく学生たちが語るシーンもあった。特に、１０月８日は、佐藤栄作首相がアメリカを訪問するため、羽田空港に行ったが、それを阻止しようとする全学連が羽田付近で抗議活動をした。そのテレビ中継を身障児室で見て、職員と園児たちは感想を述べ合った。まずは、職員たちから。




　　「ゲバ棒をふるうのは危ないし、よくないわ」

　　「それはそうだけど、言っている事はものすごく真面目で、わかるな」

　　「その通り。例えば、ベトナム戦争。昔、日本は戦争して爆撃され、ひどい目にあったのに、北ベトナム爆撃にアメリカの協力することはおかしいよ。僕は戦争には反対だ」
　　「そうね。日本が巻き込まれたら、どこかの国に爆撃されて、このシマハタも療育どころではなくなるわけだし」

　　　「ベトナムの他にも、学園や経済改革とか、共感できる事はいくらでもある。彼らも我々と同じ『希望』を持って活動しているんだ。その中の人たちがシマハタに来るといいね」

　　　

　　　１７歳になる園児の秦野君は

　　　「あばれることは悪いけれど、言っていることは賛成だ。みな、『愛』で考えている。もっと『愛』を思えば、あばれなくなるけれどね」。

　　　１３歳のマー君は

　　　「ゲバ棒ふるって、こわいな」

　　　１０歳になった野口栄一君もテレビを見て、ただ驚くばかり。感想は述べられなかった。




　　　　こうして、日本も、シマハタも明日への希望を持って、１９６７年は終わった。