「宇宙は決して一つじゃない。私たちのこの宇宙も、多くの異なる宇宙と互いに重なりあうように存在しているのよ。そんな宇宙同士が接する部分には、一時的に物質や波動が行き来する通路か穴みたいなものができることがあるの」
「それが、次元の門？」
　つぶやくオッドアイの青年にうなづく異星の民の乙女。

「それはとても不安定なもの。本来星間物質かエネルギー波ならともかく、生き物の身で通れるところじゃないわ。そもそも別の宇宙と行き来できること自体が異常な事態なのだから」
”確かに、誰にでもできるってぇ芸当じゃねえよな”
　およそ只者ではありえないウルトラ一族の若者の、あえておどけた様子の相槌にも、だがウミは固い表情を崩さない。
「しかもメッセージでは「門」を通ったのは２体。それも激しく争っていたらしいのよ」
「別の宇宙に渡る力を持つ、好戦的な存在……」

　不安げなウミを庇うように前に出て、天を振り仰ぐソラの厳しいまなざし。頭上に広がる夜空は数を増す街の明かりに濁され、星の所在も定かならぬ鈍色の薄闇と化していた。


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　漆黒に銀砂をぶちまけたような宇宙空間を、もつれあうように飛翔するおぼろな影。互いにぶつかり合い、あるいは光線を撃ち合いつつ、次元を越えるときに還元された黒い波動から己が姿を再構築しようとしているのだ。だが逃れるものが相手に阻まれて未だ形を成せずにいるのに対し、追う影はしだいに凝縮し始め、やがて細身のシルエットが浮かび上がってくる。細部は未だ判然としないものの、スリムな体から何対もの長い腕を伸ばした様は蜘蛛にも、ある種の仏像にも似ている。やがて黒い塊のような頭部から突き出る２本の角と背に流れる長い髪。無貌の般若の姿と化した追っ手の放つ斬撃に、しだいに削られてゆくおぼろな影。遂に追い詰められたものが、憎悪に満ちた思念を放つ。

「汝執念深キモノ。ドコマデ我ニ仇ヲナスカ！」
「黙れ！　星々に破滅と死を振りまいたあげく、別次元にまで仇なす怪物め。この宇宙こそおまえの墓場よ！」
「生キルガユエニ食ラウ、ナニガ悪イ」
「だから許されるとでも？　多くの人々を食らい兄さんを奪ったばかりか、こんな身に私を堕とした化け物がっ」
　返すやいなや放たれる爪の斬撃にごっそり削がれる影の半身。身をよじりつつ放つ呪咀の思念に、捨て鉢の嘲けりが浮かび上がる。
「我ラノ力借リ仇ナスモノヨ。我ラ全テヲ討チ果タソウト、ソノ身ニ溶ケシ同族ニハ、最モ憎ム最後の敵ニハ手出シヒトツデキヌクセニ！」

　撃たれたように動きを止める影の鬼女。その細身の姿がやがてわななき始める。
「黙れ……」
　呻くような思念を漏らしたとたん、よじる身から爆炎のごとく憎悪のオーラを吹き出す無貌の般若！
「黙れ黙れ黙れぇえーーっ」

　湾曲した蜘蛛の脚のような腕がいっせいに長大な爪を伸ばし、残骸となり果てた闇を粉砕しようとした瞬間、膨大なエネルギーに虚空を軋ませ忽然と実体化する円盤型の宇宙船。激しい空間の歪みに２つの影が翻弄され振り離される。とたんに円盤に飛びつき、表面に貼り付くぼろぼろの闇。
「なにをするっ」「動クナ！」
　追いすがろうとする黒き般若を影が恫喝する。

「我ヲ攻メテコノ船ガ無事デスムト思ウカ？」
「同化するというの？」
　鬼女の言葉に嘲笑を返す闇。
「同化スルハ易イガ、ソウスレバ汝ハ迷ワズ我ヲ攻メヨウ。ダガ同化シテイナイ者ヲ見殺セルカ？　コノ船ヲ我ゴト砕ケルカ？　ナラバ汝コソ長キ爪持ツ異界ノ化物！」
「ひ、卑怯な……っ」

　悔しさに身もだえしつつも手出しができず、円盤の回りを飛びまわる影の般若。するとその姿に気づいたのか、ビーム砲を乱射し始める宇宙船。やむなく距離を取る黒き鬼女を残し、行く手の青い惑星めざし猛スピードで飛び去ってゆく。
「逃がさない！」
　全速で追尾する鬼女だが、差を縮めることができぬまま、みるみる青き惑星に接近してゆく。すると行く手の円盤めがけ光線を撃ち始める一群の人工衛星。
「防御衛星？　じゃ、あの船は！」

　円盤も応戦し、いくつもの衛星を撃破して防衛網を突破する。その隙にようやく追いすがる無貌の般若。だが宇宙船の表面に、もはや影の姿はない。
「しまった！」
　眼下の惑星めがけ降下してゆく円盤の進路を離脱し、より深い角度で青い惑星めがけ急降下する鬼女。やがて視界に姿を現わす忘れようのない地形。

「あれは日本？　では、ここは地球？」
　呟きを星空に散らしつつ、異形と化した女は矢のように宵闇の大地へと降りてゆく。