ふしじろ もひとさんの日記

2020年 05月08日 05:27

『封魔の城塞アルデガン』第17回

(Web全体に公開)

第2部:洞窟の戦い
 第7章:火口その2

 甘美な香りにむせながら、ラルダは目覚めた。

 自分が狭い場所にいることがわかった。四方どちらを向いても岩肌が見えた。三方は一つながりだったが一方の岩壁の周囲に細い隙間が見えた。岩の窪みを大岩で塞いだようだった。
 閉じ込められている? 岩の中に? では、なぜ見える?
 その瞬間、記憶がよみがえった。
 ラルダが思わず立ち上がると、膝から何かが滑り落ちた。

 ローラムだった。もはや息が絶えかけていた。叫びそうになり口元を押さえた手に何かが触れた。伸びかけの牙だった。
 ラルダは香りの正体を悟った。ローラムの裂かれた喉から今も流れる血の匂いなのだ。

「お目覚めかな」岩の向こうから男の声がした。
「若造の方は覚めるはずもないがな」
「私たちをどうするつもりっ」
 ラルダは岩の向こうの相手を呪殺するかのように睨んだ。
「いったはずだ。そやつの命、汝に托すと」
 含み笑いが聞こえてきた。
「放っておけばせいぜい一刻でそやつは死ぬ。だが、すでに汝の牙には転化の魔力が備わっている。ここまでいわねばわからぬのか?」

 自分の血の気の引く音が聞こえた。
「……彼の血を吸わせる気? 私に?」
「命じはせぬ。托したまでだ。何度もいわせるでない」
 男の声に嘲りが浮き出た。
「むろん汝が耐えられるというなら、それはそれでよいが」
「化物! 悪魔っ!」
 ラルダは叫んだ。大岩を叩く拳がたちまち破れた。
「開けて! ここから出して!」
「汝の力では動かせぬわ。今は、な」男は声を上げて嗤った。
「転化してしまえばわけなく開けられるがな」
 そして声はしなくなった。
 だがラルダには、自分がどうするかを男が見物していることが感じられた。伸びかけた牙をラルダはぎりぎりと噛み締めた。

 そんなふうにしているうち、時間の感覚が薄れてきた。足元に目を落とすと、もはやローラムの顔は土色になりかけていた。
 狭い岩穴いっぱいに血の香りが充満し、ラルダは麻痺するような感覚に襲われた。牙が疼き、凄まじい渇きが彼女を捉えた。
 放っておけばローラムは助からない。
 渇きに抗おうとするラルダの耳に、そんな声が囁いた。
「だめ! できない、そんなこと……」
 ならば放っておけばいい。彼は死ねる。あとは自分一人だけが化物になるだけのこと。
「一人で……。一人だけで?」
 脅えたラルダに声がいった。
 彼の身代わりになりたかったのだろう?
「あんな男の餌食にしたくなかった。だから叫んでしまった」
 自分が化物になりたかったわけではないと?
「当たり前じゃないの!」
 だがもう人間として死ぬことはできない。

 言葉を失ったラルダの心に、なぜ私だけがとの思いが湧き出し渦を巻いた。それに乗ずるように、内からの声は続けた。
 彼は人間として死ねるなら救われる。一人で救われる。
「死なせたりしないわ! こんなことで、こんなところで!」
 なにかが変だ。なにかが間違っている。
 ラルダの心のどこかで別の声がした。だが圧倒的な渇きがそれを押し潰した。
 ローラムの半身を掻き抱いた。鮮血を間近に感じて牙がさらに伸びた。心のどこかが悲鳴を上げた。
 だが次の瞬間、疼く牙はローラムの傷口深く潜り込んだ!



「どうしたの? 私……。何をしたの?」
 渇きの狂気が去ったあと、ラルダは呻いた。
 足元にはローラムの亡骸が転がっていた。
「なかなか耐えたほうではないか」
 泣き叫ぶラルダに、大岩の向こうから声がかけられた。
「おかげで若造の魂は失われたようだが」
 言葉にならぬ絶叫をあげ、ラルダは大岩に掴みかかった。その身もろとも大岩は倒れ、まっ二つに割れた!
「ほうら、簡単に開いたろう?」
 邪悪な嘲笑を浮かべた男が立っていた。
「殺してやるわ……。許さない!」
 血の涙が流れる目に憎悪のありったけを込めて、ラルダは男を睨みつけた。
「無理なことよ」男は肩をすくめた。
「吸血鬼は吸血鬼を殺せぬ。そもそもめったなことでは死ねぬ。汝が我を殺せぬだけではない。我も汝を殺せはせぬ」
「だが、牙にかけた者を支配することはできるのだ」
 男の目が妖光を放ち、ラルダは金縛りにあった。

「魂が失われた者は全くの下僕だ。その若造もそのうち空っぽのまま蘇る。そこで人間の血を吸えたなら転化を終えられる。めでたく汝の下僕というわけだ」
「冒涜よ!」
「汝が牙にかけたのだぞ」男はあざ笑った。
「こやつは転化できぬよ。汝がここにいた間、魔術師が乱入してきて洞窟を随分と焦がしたが、巨人に半殺しにされて連れ帰られたばかりだ。当分人間どもは洞窟へは来ぬ。だからこやつは血を得られず死ぬしかないというわけだ。いっておくが、汝の血など与えてもむだだぞ。汝はもう人間ではないのだからな」
「はじめからわかっていて……っ」
 歯噛みするラルダにかまわず、男は続けた。

「だが、生きたまま転化した者は魂を失わぬ。肉体が我が支配に逆らえずとも、魂だけは抗おうとする。だから愉しいのだ」
 男は笑った。牙を、嗜虐的な本性を剥き出して。
「少し前に我が牙を受けながら地上に連れ帰られた娘がいたが、我がもとへ戻る前に魂を擦り切れさせてしまった。アルマ、とか呼ばれていたか。あれでは話にならぬ」
 ラルダは蒼白になった。相手の本当の目的を、留められた人としての魂の闇の深さを、これが始まりなのだとようやく悟って。必死に金縛りを破らんとあがくその耳に絶望的な宣告が届く。

「汝のような者を手に入れることを長い間待ち望んでいたのだ。手離しはせぬぞ、永劫に」



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コメント

もも

2020年 05月08日 06:24

可愛そうですね

ふしじろ もひと

2020年 05月08日 06:57

もも様おはようございます。あまりにも悲惨だったので、後に書いた別のお話の世界に転生させたのが例の人魚のお話だったりするのです(汗)

Yoshi

2020年 05月08日 15:16

コミュニティの創作発表の場はメンバーじゃなくても
読めるから嬉しいです^^
日記を見逃した人は ぜひコミュで読んでほしいものです

ふしじろ もひと

2020年 05月09日 00:09

Yoshi様こんばんは。まあものがこんな代物ですので、どなたにも喜んでいただけるかどうかは極めて怪しいとしかいえませんが……(大汗)

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