トシコロさんの日記

2020年 02月01日 16:23

実録小説「シマハタの光と陰・第13章・風邪とインフルエンザとの戦い」

(Web全体に公開)

   1966年に入った。正月三ヶ日が明けるや、否や、林田博士は職員たちに、職員と園児の風邪・インフルエンザ対策について、細かい指令書を書き送った。インフルエンザが流行る一月は例年、それにシマハタは厳戒態勢を敷くわけである。障碍児は特に体力がないから、単なる風邪でもそのまま肺炎を併発し、命取りになりかねないからである。今年の指令書は


  「気象庁の長期予報では、この冬は暖冬だそうだが、シマハタには暖冬も、寒冬もない。まず、職員自身は、常日頃から、うがい、手洗いと十分な着物を着ることを心掛けて下さい。園児たちに風邪をうつしたら大変なので、少しでもノドや頭が痛くなったり、セキが出たりしたならば、私に届け出て、仕事は休み、自宅通勤の方は自宅に、職員寮にお住いの方は部屋にこもって下さい。...」





 更に指示は続く。

 「身障児は、風邪を引くと、具合が悪くなる事を訴えるから、その場合、素直に聞いてあげて下さい。また、普段よりも体の動きも鈍くなるから、外から見ても大体は判ります。あと、セキや、ノドのハレにも注意してみて下さい。夜、布団から体がはみ出していないか、特に冬の間は注意して上げて下さい。...」




 「精神薄弱児は自分でも症状を訴えない例も多いから、常にノドのハレはもちろん、額にも手を当てて、発熱の有無を確かめて上げて下さい。風邪を引けば、やはり、普段よりも動作は鈍ります。機嫌も悪くなる。...」。

「身障と知的障碍の重複例や、最重度室の子供たちの場合も精神薄弱児への対応と同じくする」。




 「そして、園児の中から風邪の子が出たら、隔離室に移して、厳重に看護してあげて下さい」。

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   身障室女子。亀田安子ちゃんが自ら

   「私は朝からノドが痛いの。頭も重いわ」と職員たちに話す。いざり移動する彼女だが、今日はスピードが遅い。女子職員の一人がひたいに手を当て、

   「熱があるわ。これから病気の部屋に行きましょう。お熱を測った後、ぐっすり眠ってね」と言い、素早く隔離して、検温後、ピリン系の解熱剤を飲ませて、寝かせた。

   その職員は「心配だが、単なる風邪ね。重くはなさそう。数日間、寝れば治るわよね」と言う。

   翌日に熱は36度台まで下がったが、それに代わるように、舌の先に強い口内炎ができ、白く、小山のように盛り上がってもいる。非常に痛くて、安子ちゃんは泣いている。診察した小林博士は

   「熱でビタミンが体内で破壊されたから、口内炎も起きたのだろう。ビタミンBとCの注射もしよう」と注射もしたわけである。それでも口内炎は一週間は治らなかった。




   その三日後、精神薄弱児室。いつもは歩きながら、大声上げるのが癖の男子なのに、今日は声は上げない。一人の職員が変に思い、額に手を当てて、発熱しているのを発見。

   「三木繁太郎君が発熱らしい。これから検温してみる」。38.6度あった。

   「これは大変だ。でも、見つけられてよかった。早かったから、うつさなくて済んだかもしれない。冬は風邪が多くなるから、大変なんだよね。春よ来い、早く来い...」とその職員は話した。布団の中に入ると、間もなく、繁太郎君は眠りに落ちた。翌朝まで熟睡し、体温も37.2度まで下がり、気持ち良さそうだった。職員が「気分は良くなったか?」と聞くと、繁太郎は「アーアワ」と元気そうに答えた。彼なりに「気持ちよくなったよ」と答えるように。




   もちろん、職員の中にも風邪を引いた人も出た。最重度室に勤務している花形武子は、職員室で部屋の部長に

  「私は今朝から頭が痛く、この通り、微熱もあります。検温したら、37.3度でした。休ませてください」。

  部長は

  「大変ね。治るまで休みなさい。その間は別の人が勤務するわ。早めに言ってくれて、良かった。園児にうつさずに済んで。よく言ってくれたわ。ありがとう」

   と答えた。

    

  1月末、身障室の小川忠雄君が朝から39度台の高熱。激しく鼻水も出て、嘔吐もあり、ノドや頭の痛みも訴える。明らかにインフルエンザの症状である。2日前に家族が面会に来たが、その時に移ったらしい。ただちに、隔離室に運び、他の身障園児たちと職員の健康を徹底的にチェック。うがいも徹底的にさせた。

  小川忠雄君には、解熱剤のほか、肺炎予防として、ペニシリンを飲ませた。熱はひいたが、鼻水などは1ヶ月近くも続き、体は痩せ細り、強い口内炎もできたまま。それは食べる時も激痛で、大変苦痛である。まるで、患部が焼け火鉢に触れたような激しい痛みに襲われる。小川忠雄君も泣いている。ビタミン注射も欠かさずにしているが、効果は余り見られない。

  「焼け石に水だ」と、林田博士も嘆く。とにかく、脳性まひ児や、体の弱い知的障碍児には元々口内炎が多いが、特に風邪やインフルエンザの少し後には、その強いものができる事がほとんどである。

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  2月10日、最重度室の園児、高木次郎の様子がおかしい事に、一職員が気が付き、林田博士に通報した。次郎君は寝たきり、非常に重い精神薄弱を持ち、言葉は一切わからない。音声をいつも「アー、ウー」と上げるだけである。身長も50センチくらい、体重も10キロ。すでに10歳になるのに、乳児の時の体のままである。とうぜん、極めて体力も弱い。病室の温度管理は徹底しているはずだが、2月になり、気温の変化が激しくなると同時に体調も崩し、風邪気味で、特に胸が異常に熱い。肺炎の初期症状を呈していた。この日は、息もゼーゼーいい始めた。診察した林田博士は

  「肺炎だ。早急にペニシリン注射を打たないと」

  とつぶやき、隔離室に連れて行き、さっそくペニシリン注射を打った。更に、博士はそこにいた職員たちに

  「体力が非常に弱い子は、軽い風邪から肺炎を早くに併発する例が多い。今回の次郎君もその例だ。注射はどれくらい効くだろうか。確かに、それで肺炎のもとのぶどう状球菌などはかなり死ぬが、体力が非常に弱ければ、病気の進行を食い止めることはむずかしい。神よ、次郎君に病に打ち勝つ力を与えたまえ」

  と最後は祈って、説明した。

  注射のおかげで、その翌日からしばらくは小康状態を保った。とはいえ、胸部の熱は引かず、相変らず、「ゼーゼー」と息の度に音声を出している。何とか流動食は食べ、栄養点滴注射も欠かさずに続けているが、次郎君は苦しそうである。彼には、比較的ベテランの職員が昼夜交代で付き添う。言葉も判らない次郎君だが、職員たちは「がんばって」、「生きるのよ」、「治って、春にはまた一緒にお花見しようね」と常に声を掛ける。その姿は、聖書の愛そのものである。

  2月21日午前3時過ぎ。前夜から付き添っている木村恵職員は、容態の急変を鋭く察知して、林田博士を呼び出した。呼吸回数が急速に減ったからである。林田博士はさっそく酸素吸入器を取り付け、呼吸をさせようとしたが、呼吸する筋肉の力も衰えたせいなのか、効果はなく、5時過ぎに停止して、次郎君はにこやかな笑顔を浮かべながら、天国に旅立った。それを見届けた木村職員は

  「次郎君、これまでよくがんばったわね」

  と一言述べて、ワ―っと、長く泣き伏せた。林田博士は医者として冷静に死亡診断書を書いた。朝になり、全職員に訃報が伝えられ、みな大泣きした。次郎君への愛を確かめる感じで。彼への食事や着替えをした様子、春のチューリップの咲く中、一緒に日光浴を楽しんだ様子など、思い出が各自の心の中を駆け巡っている。言葉は話さなかったが、笑顔が印象的だった次郎君...。

  次郎君の亡骸はその日の内に、埼玉県浦和市の高木家に送られ、翌日にお通夜。さらに、その翌日の23日にに葬式が執り行われた。木村恵など、職員3人と、島田療育園後援会の人たち3人が葬式に駆け付け、林田博士も弔電を打った。僧侶の読経の中、職員たちは泣きに泣いた。葬式の後のあいさつで、次郎君の母は

  「皆様、次郎のお世話をしていただいてありがとうございました。何とお礼を申し上げたら良いか、わかりません。みなさまに大切にされて、次郎も幸せだったと思います。病気で亡くなったのは運命であり、仕方ない事でした。天国でみなさまに感謝を次郎もしていると思います」


   と悟ったように言った。

   空は晴れだが、前日から寒気が降り、北風も吹き、寒い。でも、葬式出席者は寒さも感じず、ひたすら次郎君の魂をしのんだ。祈りだけがあった...。

コメント

Yoshi

2020年 02月02日 15:11

これは実録だったのですか・・・

最後は衝撃でした

トシコロ

2020年 02月02日 17:05

>Yoshiさん
かなり僕の創作ですが、障碍児たちに死はつきもの。実際はいくらでもあったわけです。

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