「施設の社会化」の文の中で「施設」という言葉の曖昧性を指摘したが、もっと根本的な問題として「社会化」、又は、「社会」とは何か？という問題がある。それゆえ、「社会」という言葉を検索してみた。


　　「人が集まっている状態」とか「仲間意識で人が結ばれている状態を示すものである。二人以上の人がいて、関わり合っていると言おうか。夫婦でさえも「社会」に当たる。旧約聖書の人間が出てくる所の冒頭に、アダムとイヴの夫婦が書かれてあるのも参考になろう。


　　ならば、児童施設（孤児院）なるものも最初から「社会」の一つである。多くの子供たちがいて、働いている職員さんもいるわけだから。そのようなものを「社会化」させる事は、言葉としておかしいわけである。もし、地域住民などの外部の人たちの関わりを促す意図があるのならば、「外部者の関わり」という言葉を使わないといけない。明らかに言い間違えである。それが常習化して、後輩にも受け継がれ、悩みを与えてしまったのかもしれない。又、それを使い始めた人たちは社会という言葉が判らないか、その意味を確認せずに使ってしまっていたのかもしれない。

　　封建時代は社会という言葉は日本や中国では「天下」という言葉だったようである。天下には中心があり、辺境もあって、辺境の村などに住む人たちは格が落ちる人として差別されていた。でも、民主主義の世界では、社会は全て同格である。中心も、辺境もないわけである。極言すれば、戦前に強制的に国家から元患者たちが連れられて、戦後もライ予防法で定住させられた日本のハンセン氏病療養所も、僕が行った島田療育園も、諸々の精神病院、刑務所も「社会」には違いない。それらも「辺境」ではないし、辺境として差別はとんでもない事である。

　　でも、ボランティアの先輩たちはまさか、社会を天下という意味で使ったわけではないだろう。そうではなく、社会という言葉の意味を確認して使わなかったから、訳の判らない言葉になってしまい、その言葉を受け継いだ人たちも、社会という言葉がよく判らないで、「施設の社会化」という言葉を引き継いだから、「それは何なのか」と悩むようになってしまった。又、恐らくは児童施設という意味で、「施設は社会化されないといけない」と昔の福祉関係の機関紙論文にたくさん書いてあったから、児童施設をよく知らない若い世代のボランティアたちが島田療育園や多磨全生園にも当てはめ、それらにその目的で行くようになり、僕もそれらと縁もできたわけだが、行っては見た所、「社会化とは何ぞや」みたいになり、職員さんや園生、元患者たちからも変に思われ、拒否もされた例もあり、自らも目的が不明確になり、行けなくなった。又、仲間内も以上のような不明確な言葉を使ったから、意志疎通ができなくなり、次第に疎遠化もして会も潰れ、個人個人が葛藤を抱えたまま、４０年も過ぎた。こんな事だったようだ。それでも、頭の切り替えの早い人たちは葛藤を振りほどき、それぞれ前進しているが、それが早くない人たちは葛藤を残したままである。具体例はプライバシーがあるから述べられないが。

　　　僕も対島田は「より重度の身障者の実態を知る」などの別目的があったし、多磨全生園はたまたま伊藤まつさんという気が合う元患者さんがいたから行って結果的には良かったが、やはり、以上のおかしな流れに乗った点では違いなく、葛藤を残したままだった。それが島田の実録小説を書き始めて、深く振り返り、結果的に行ったいきさつも判ってきて、更に以上の因縁も判り、葛藤は取れたみたいである。良かったと思う。葛藤のない人や国はないだろうが、葛藤は解放しないと前進はできないようである。大きな話だが、長年にわたるユダヤ差別と、ナチスの虐殺で民族単位の深い葛藤をもったイスラエル人たちがパレスチナ人にナチスと同じ事をしている事は有名である。別の機会で書く事だが、日本の昭和初期の戦争への道を起こした根本葛藤も、はるか前の幕末の開国をめぐるアメリカとのやり取りにまでさかのぼるものかもしれないと。日清戦争レベルでも見方が浅い気がする。

　　　とにかく、葛藤の解放は大事ですね。