痛ましい出来事です。他界された子供たち、ケガをされた子供たちに述べる言葉はありません。沈黙だけです。
ただし、ニュースを見て、疑問点を二つ僕は持っています。
1.信号機の設定.
道路本線から見ての右前方支線の信号機。本線側も、支線側も「両方、青になっていた」とNHKニュースで聞いた覚えがあります。あるいは、それは僕の聞き違えかも知れませんが、本当にそうならば、確実に事故が起きるわけです。それを設定した人たちも悪かった事になる。本線が青ならば、視線は赤にしなければなりません。
2.運転していた双方の人達.
曲がるのならば、徐行して当然。後発者にウィンカーも出して。例え、歩行者がいなくても、徐行しなければならない。歩行者が一人でもいれば、更に徐行しないといけない。子供たちがたくさん見えれば、非常に徐行する事は不文律の義務みたいなものです。運転は命に関わるものだから。少しでも間違うと、他人を多く殺す結果になるわけだから。人が見える前に、その事を想像して当然だし、想像さえすれば、徐行も自然にでき、事故には絶対にならないのに。二人共、想像力が欠落していたと言わざるを得ません。二人は世間に叩かれて当然だと思います。
1.の件も僕の聞き違いでなければ、信号を設定した人たちの想像力が欠落していたと言えましょう。
「想像力」なるものは小さい時から他人と深く関わり合い、互いに気持ちを察し合って、生まれて、伸びていくものです。高校時代に読んだ複数の亀井勝一郎の著書には「想像力は愛の基礎」と述べてありますし。学校などの勉強だけでは、想像力は生れません。また、例え子供時代に友人たちと関わり合い、想像力を伸ばしても、その後、上べだけの付き合いに終始したら、想像力は衰退していくものです。何も以上の例に限らず、今の日本人の想像力も衰退していると言えましょう。心のつなぎが乏しければ、痛ましい事故も起きるわけです。事故を起こした人たちもこれからは死ぬまで罪悪感に苛まれるし。こっちも悲しいわけですが。
因みに、想像力が日本人の多くに欠けていた時代は今だけでもありません。例えば、朝鮮を植民地にした時は。朝鮮王国の人達を当時の日本の政治家や役人は想像できなかったか。その後の対中国やアメリカへの戦争の事は尚更言えます。侵略された人たちの気持ちは勿論、戦場に行かされる日本兵や慰安婦の気持ちも、また中国やアメリカみたいな大国と戦えば、日本は反撃されてひどい目に遭う・泥沼になる事も簡単に想像できたのに。想像力の欠落の最大の結果は敗戦でしたからね。ドイツにも言えましたし。想像力の欠落は怖ろしいし、それを招く心つなぎの乏しさはもっと根本問題だと思います。
コメント
もっさん
2019年 05月13日 12:55
幸いにも体に怪我を負わなかった子供達、先生方も
あの現場を見てしまったら
心に深い傷を負ったことでしょう。
ガードレールの設置等、緊急に対策を実施してほしいですね。