「心がつなぐものがあれば」の冒頭部分の経験・見聞からも思う事である。当時の全生園自治会の人達は５０歳前後、戦争中の全生園虐待の経験を必死で訴えていたようだ。でも、当時の全生園は虐待はなかったし、隔離法案であったライ予防法の事は元患者たちも知らなかった。仮に、いくら全生園を外部者が見ても、その痕跡も見えないわけである。自治会の人達は戦時中の虐待の核の部分だけを感情的に訴えたようだが、戦時中と１９７７年は日本も、社会も、憲法・法律も、全生園も大きく違っているから、まずは大日本帝国憲法の問題から説明しなければ、戦後生まれの人達には理解されないわけである。旧憲法も１９世紀当時としてはかなり人権の事も盛り込まれていたが、まだ不十分で、結果的に元患者たちが強制収容された、更には、虐待された根拠も必ず出てくるから。その次には、虐待の社会背景も述べる必要がある。本当に実録小説を書く要領で戦後生まれの人達に説明しなければ、判ってもらえないわけである。それは、僕が述べているＳ園の問題にも言える。訴える事とはやや違うが、自分が見た事をブログに時々書いてはフェイスブックなども使って伝えていた。その反応などを見て、最初は素晴らしいものがあったＳ園の事が次第に狂っていった様子は、それらの社会背景も描きながら、時間経過も述べなければ理解されない事に次第に気が付き、実録小説として書くのが良いと悟ったわけである。かなり昔の事だし、その状況は今の日本には存在しないわけだから、見た事をただ伝えても誰も判らないのは当然である。全生園の件に話を戻すと、その他、「今後は共に生きよう」と双方が心をつなぐようにしないといけない。その発言も聞けなかった。もし、聞いていたら、僕も話が判り、印象にも残り、自治会の人達とも付き合い続け、今もそこに行っていた事も容易に判るわけだが。「共に生きよう」は一方的な訴えからは生れないわけだし。


　　その他、１９７０年代の首都圏の諸々の身障運動を思い出しても、似た事が判る。例え今現在の事でも、一方的な訴えならば、同情で注目される事はあっても、真に相手には誰もしてくれないわけである。最初は注目されても、次第に世間から孤立していった身障運動が４０年前は多かったのも、理由の一つはこのような事だったと。更には、身障者たちも時代の価値観の下に生きており、当時は「心のつなぎ」は誰も必要だと気が付かなかった。冒頭に書いた全生園自治会の人達にも言えるわけだ。

　　一番判りやすい例を最後に書こう。恋愛や結婚の例。いくら大好きな異性ができても、「私はあなたが好きです」とメールや手紙で訴えても、まず相手にされないではないか。又は、いくら結婚したくても、異性の人に「結婚して下さい」と訴えても相手にされない。数年前、ＮＨＫニュースでも、婚活サイトで異性に相手にされず、結婚できない人たちの事が報道されていた。そのような人たちは、判で押したように「結婚して下さい」と訴えるしかしない人である。訴えても、自分の心や人格は伝わらない。伝えられるのは、結婚したい気持ちだけ。心は通じない。誰が相手にしようか。強いて言えば、相手は独身者のサンプルとしか見ないわけである。それは冒頭に書いた事とも同じだと。もし、僕もムリしてそのような所に行き続けたら、元患者のサンプルとして相手を見るわけである。恐らくは、相手も僕を脳性まひのサンプルとして見るだろうし。現に、心をつなぐものを求めず、ハンセン氏病の事を訴えてばかりいる一元患者の人を次第に、そのサンプルとしか見る事ができず、縁も切れていった事もあった。また、何人ものボランティアの方からも、「身障問題ばかり訴える身障者と付き合うと、そのサンプルに相手が見えてきて、付き合いたくなくなる」と聞いている。ハンセン氏病関係、身障運動、恋愛や結婚と問題は同根だと僕は思っている。