1970年ごろから、日本の首都圏ではボランティア活動をする若者が増えたが、それに絡んだ事です。その男性ボランティアの姿を見て、「体の不自由な人に優しくしている。彼は優しい」と思い、好きになる女性が増えている。人を好きになる事は本人の自由にしろ、よく考えたら、身障者は恋愛のダシみたいになるため、その頃から身障運動家たちは「ならば、身障者の立場はどうなるのだ。身障者は人格無視に置かれるのではないか」という疑問や批判が出ました。
1975年ごろでしたか、僕もそれを目撃しました。当時の僕は日大通信大学を受けており、その面接授業の付き添い介助に、YMCAの若い男性を頼みましたが、僕を色々と世話する姿を見て、二人の女性がその男性を好きになり、内、一人は公衆の面前なのに「好きです」と告白。その青年は婚約者がいたため、交際には発展しませんでしたが、当時の僕も「僕はダシなのか」と思ったものです。
それから5年以上経た事。場所は、ハンセン氏病療養所の多摩全生園。僕も付き合わさせて頂いた元患者のおばあさんの伊藤まつさんの所に多くの若者サポーターが行きましたが、そこで「縁結びになる」と言われるようになりました。伊藤まつさん自身からもお聞きしましたが、男性サポーターが気が合う女性をまつさんの所に行くと、女性は「まつさんに優しくして上げて、彼は偉い。付いて行くわ」と思うようになり、恋愛を通り越して、結婚を決意するようになるとか。以上の対身障者と同じパターンで、しかも、内容が濃いわけです。無論、サポーターたちは単なる茶飲み友だちで、まつさんの所に行っているわけですが、そのように述べても女性たちはそう思い続けていたわけです。当時の僕は精神障碍を持つX君の件で頭が一杯でしたが、後年になり、思ってみるとおかしい事に気が付いています。その女性たちの意識は何なのかと。まつさんは社会経験が少ないため、ダシみたいになっている事は気が付かなかったです。むしろ、結婚のために自分を使って欲しいと言っていました。僕にもそうして欲しかったようです。
でも、以上は。「ダシにされる」事も問題ですが、その女性たちが好きになっているのは、「彼」の自分が誤解した姿でしょ。「優しくして上げる」のではなく、共に生きるとか、友人になる目的で付き合っており、優しくして上げているわけでもないわけだから。プライバシーに触れるし、追跡調査もできませんが、そのような誤解から結婚したら、幸福にはならないわけです。更に、その誤解に押し切られるような感じでは、男性側もまともに女性を愛せない事が判ります。恋愛にはならないわけです。
更に言うと、対障碍者には「優しくして上げるもの」という世間の常識も見えます。障碍者の中でもランクがあり、ハンセン氏病元患者に対してはそのような意識がどういうわけか、色濃いと。「して上げる者」だと思うのは差別ですね。あるいは、対幼児にもそのような感覚が世間にあり、「して上げるからボランテイア」であり、それ故に保育士の賃金が安いままなのかもしれませんが。
今の僕。例の実録小説を書いている事もあり、特にS園で一番親しかった寝たきりの野口栄一君の事をメールで友人たちに述べる事が多くなっています。ならば、僕も以上の「優しくして上げた」という誤解を受けかねないため、それを防ぐ手立ても徹底的に考えて、「確かに、野口君は弱い存在だった。でも、僕も一人では何もできない弱い存在。全ての人々は一人では何もできない弱い奴。弱さの共有で行っていたし、今も書き続けている」と自分の人生観も述べて、説明しています。これで誤解はせず、僕の持つ弱さに注目し、受け止めて下さった方もいました。でも、人生観とボランティアやサポートを絡める事は難しいわけです。
最後に、以上の例は、いずれも女性➔男性に限られています。女性ボランティアで、男性からそのように好かれた例は聞かないし、全生園関係でもなかったわけです。それもおかしいですが、僕には理由は推察もできません。