１９７２年２月。寒い浅間山荘で起きた連合赤軍のテロ事件のＴＶ中継に僕も釘付けになっていた。更に、その少し後に公表された赤軍同士の虐殺にも。彼らは「社会変革」の目的で、テロや虐殺をしたのだという。高校生だった僕はすでにその言葉は知っていたが、「社会変革とは何だ。彼らなりの考え方があるにしろ、社会変革のために人を殺して良いのか」と非常に疑問に思った。同様な事を言っていた同級生も何人もいた。また、赤軍派は「社会変革」という言葉に酔っているようにも当時の僕にも見えた。「社会変革という言葉は、人を酔わす効果があるのか」と思ったわけである。


　　それを思い起こし、当時の僕の見方はかなり当たっていたと思う。但し、原因が判らなかっただけで。何も赤軍だけでもない。後年のオウム真理教の信徒たちも、「社会変革」を唱えながら、サリン・テロも起こした。戦前、２．２６事件を起こした青年将校たちも「社会変革」を唱えている。外国に目を向けると、ヒットラー・ナチス幹部たちも「社会変革」を唱えた。彼ら自身もその言葉に陶酔しているみたいだったし、当時のドイツ国民の大半も陶酔させていた。例の「わが闘争」は断片的に今のＴＶ番組でも繰り返し放送されるが、その「社会変革」の中身は訳が判らない話で、短絡的でもある。「ドイツ経済が悪いのは、イギリスやフランス、ユダヤ人のせいだ」みたいな。幼稚でもあり、知識人の中にはそのおかしさを見破ってもいる。イタリアのムッソリーニ、スペインのフランコもそうだった。

　　社会変革という言葉は近代ヨーロッパで生まれたが、では、そのような言葉がなかったルネサンス期以前は類似した言葉はあっただろうか。あったと思われる。神、又は、仏という言葉である。十字軍戦争が一番判りやすい例だと思う。当時のヴァチカンは「神の名」の下、ヨーロッパ各国の王に兵士を集めさせ、あのような戦争を起こした。同じころ、日本でも権力者みたいになった坊さんたちが「仏の名」の下、兵士を集め、対立する宗派や勢力に戦争を起こしている。同様な事は中国やインドでも起きていた。中世の人たちの中には、神や仏の下、殺人もしても良いという気持ちになっている。

　　以上の二例は確かに共通したものがある。では、何が根本的に共通しているのだろうか。

　　現代の「社会変革」、中世の「神・仏」の言葉には、どちらも大きな意味があり、まともに信ずると自分が非常に大きな存在になるように錯覚してしまうのではないだろうか。そして、大きな事を言ったりもする。それだけならともかく、自分は世界を本当に変えられると思いこみ、陶酔もする。陶酔すれば、他人の事も余り見えなくなり、人格も考えなくなり、赤軍派の例の通り、殺してしまうのではないか。ナチスのユダヤ人虐殺などにも言えるかもしれない。

　　　マルクスの言った「宗教はアヘン」の根拠の一つもそのような事かもしれない。でも、皮肉なことに、当時のヨーロッパは科学が発達し、「神」の言葉の自己超越性は薄れていた。それに代わり、次第に「社会変革」という言葉が自己超越性を持ち、アヘン性も含まれるようになった。その末裔の一つが日本赤軍だとすれば、歴史の皮肉だと。

　　もう一つ言うと、「社会変革」は使う言葉の意味と、内容が問題である。内容を吟味せずにポンポン使うのはいかがなものかと。実際、内容を余り考えずにその言葉を多用し、方々でトラブルも起こし、後で自分が非常に困った例の人たちも見てきた。何にしろ、自分でも判らないような言葉は使うものではないのだが。言葉は判るものだけを使うものである。