放送大学・２１世紀メディア論の第５回目の講義番組で、水越伸教授が、メディアと関係が深い（日本の）世相を大まかに説明。その中で「日本では、１９７０年までは若者を中心に理想を追求する人たちが多く、世相にも反映されていた。でも、その後、阪神大震災やオウム真理教事件が起きた１９９５年までは、理想を持たず、虚構にふける人たちが増えた。特に、若者層に顕著だった」と説明していました。無論、日本人も一人一人違い、１９７０年以前も虚構を追及した人たちもいれば、それ以降も理想主義の人たちもいたと思います。とは言え、水越教授の言われた事は、僕の見てきた多くの人たちに当てはまります。特に、ボランティア関係にはぴたりと当てはまります。例えば、僕は６８年に中学１年を迎え、林間学校などで多くの若者ボランティアと知り合いましたが、「日本の福祉の未来は○○であるべきだ」などと熱弁を奮い、理想にいかにも燃えている人たちが多かったです。有名人だから名を挙げると、若き日の原一男氏もそうでした。当時は写真をバンバン撮りまくり、光明養護学校の事をしきりに世間に伝え、人々や行政への福祉に目を向けさせようとしました。「写真」はどんな話よりも具体的ですね。写真を撮らない人たちも、話し方は具体的で判りやすかったです。思想や信仰の種類に関係なく、そうでした。まだ物事をよく知らなかった僕も、理想論は現実から出てくることを無言で教えられました。確かに、現実があるから、その上に理想もできるわけですね。現実が土台です。


　　でも、前にも話しましたが、その少し後になり、　抽象的な冗談ばかり言う若者が増えたことを当時の学生ボランティアの一人から聞いた。「魚屋さんが驚いた。ギョ」とか。その人は真面目な方なので、当時の学生たちに呆れていました。「大学では今は政治の話などは絶対にしない」と。その他、憲法や法律の事もね。僕は当時から政治に関心が強かったので、その学生さんによく話をした。　それはともかく、僕が高校時代の事でした。たった３、４年で日本の特に若者社会は変わり果てたわけです。その後も年を追うごとに、若者の話の抽象化は進んだようです。８０年前後に知り合った人たちも、会の別なく、抽象的で僕には判らない話ばかりしていた。どうも彼ら同士も話が判らないらしく、心も通じないから、寂しく感じる人も多く出た。その頃、流行った岩崎宏美の「すみれ色の涙」という歌にも、「寂しさ」という言葉が強調されていた事でも当時の世相は判ると思います。そして、　８０年代になり、抽象論などは新興宗教ブームに受け継がれ、その中から、オウム真理教も生まれ、大変な事になったわけです。まさに「虚構の極」であり、麻原は虚構を利用して、悪い事ばかりしました。麻原の問題は置いておいても、虚構は現実に根がないですから、現実離れした発想になるし、そこからは理想論も作れません。虚構に没頭し、現実逃避すれば、そのまま人生や社会の理想を作る事もできないわけです。（６０年代末の若者文化に触れたせいか、僕は以上のサークル内の抽象論と話が合わなかった。同様の人たちも何人かいた。「話が抽象的で判らない」と怒った人もいた。

　　　よく「理想と現実は正反対」と聞きますが、そうでしょうか。現代日本史から見る限りは違う気がします。僕自身は経験がないからはっきりしたことは言えませんが、抽象論に陥ったら、今ある現実がまず見えなくなり、それが見えなくなれば、理想を生みだすこともできなくなるはずです。それと同時に、理想を語る事で現実の姿が見えてくることもある。両者は相関関係かもしれません。また、虚構には現実も、理想もない以上、他人とのまともな付き合い・友情・恋愛・結婚はできない。それも言えていると思います。誰でも虚構の世界に生きる事は不可能なのですが。

　　過去の我々の道筋から未来への道が見えてくると言われています。まず、現実を見つめ、次いで理想を熱く語りたいものです。それが人間として生きる事だから。