明治維新まであった日本人の死生観・自然観である。いつから起きたのだろうか。かなり古い。その土台の上に、鎌倉時代（１１８５年から１３３３年）には親鸞上人などの仏教運動も起きている。あるいは、その根は仏教以前の縄文時代からあったかもしれないが、伝来した仏教とも共鳴して特に民衆レベルで作られた価値観である。


　　人間は勿論、動物も、植物も、虫も、キノコも、生の中に死があるし、死の中に生がある。区別はできないものだという。確かに、昔は日本にいた狼も、無敵の強さはあるが、いつ病気や事故で死ぬか、判らないし、死体になったら、今度はそこに盛んにウジ虫みたいなものが湧く、つまり、生命が新たに芽生えるわけだから。何が生命で、死か、区別は難しいわけである。人間も、まず、生まれた時、その母親がその時の出血などで昔は多く亡くなられたわけだし、生まれた子供もいつ病気で死ぬか、判らなかった。他に、獣に襲われて死ぬかもしれないし。成長して、身体が丈夫になっても、魚を捕る時に水の中に溺れ、そのまま死ぬかもしれない。事故死もあるし、農作業の時の破傷風で死ぬ場合も多い。日本は比較的戦争が少なかったが、戦死以外にも健康な人が死ぬ事も多いわけである。死体になれば、土葬の場合は以上の狼と同じになるし、火葬で遺灰になってもそれを養分に植物が育つ。死の中にも生があるわけである。そこに仏教の輪廻転生観が絡み、「虫に生まれ変わった」とか言われたりもしたわけである。清少納言や紫式部もそのような事を色々書いている。

　　また、母親の出産死がない例の子供たちでも、小さい時から近隣の多くの死を見て育っていた。そうすると、人間は「人は死ぬのが当たり前。私も死ぬ」と思いこむものである。死後の行方は判らないにしろ、この世には長く居られないと思い合う。それ故、この世界が、更には、この人生が非常に愛しく思えてくる。親しい人たちともいつかは別れる事を思う。まず、自分が愛しく思え、次いで、親や祖父母も非常に恋しく思う。親しい異性ができたら、同様な気持を持つ。同年代や年下でも、自分も相手もいつ死ぬか、判らない身だから。また自己愛も強いから、お互いに愛しく思い合う、親友や恋人もすぐできるわけである。「恋人」も、現代のように何かの魅力で選ぶ事はせず、付き合っていく内に自然にできる状態であった。寂しさとも無縁。子供たちの精神的な成長も早かった。現代風に変えられる事が多いとは言え、その様子の一部は諸々の時代劇にも出てくるわけである。死が自然な形で社会や家庭にありふれた状態。ヨーロッパやロシアでも、キリスト教は教会で信徒たちに「死を想え」と説き続け、死が当たり前にあった社会であったが、それよりも大らか、かつ、強烈に「死」が至る所で存在し、人々は精神的に豊かになり、死を意識し合って、深い絆も生れていたわけである。

　　　ところが、明治維新に伴い、１８７０年前後に日本全体に廃仏毀釈運動が起き、仏教は迷信とされ、お寺のかなりも破壊され、以上の価値観は崩れ果てた。インターネットで調べてみると、そのような価値観の流れは幕末からあり、１８７０年前後は「官民一体となって、激しく」仏教を排斥し、その後は官製の国家神道が強まり、以上の価値観は急速に靖国中心の死生観にとって代わった。とは言え、靖国の思想は「軍人だけ」のものである。他の人たちの死生観は消えたかに見えた。死は無とされ、生の反対と思われ、死を非常に恐がる・忌み嫌う人たちがその頃から増えた。でも、いつかは人は死ぬ。死から目をそらすために、日本帝国の海外拡張に目を向けたり、協力した人も次第に増えたようである。又は、お金儲けに目を向けるとか。それ故、資本家になった人達は労働者や、後には植民地化された朝鮮の人たちをこき使うまでにもなっていった。第二次大戦後は靖国の思想は影を潜めたが、元々日本にあった生死価値観は復活せず、戦後はお金主義になっていった。

　　死生観が短期間で急速に変わった国は、恐らくは１８７０年前後の日本以外はないだろう。死を忌み嫌う。死人は勿論、それを連想させるものも嫌われるようになった。ハンセン氏病やテンカンを持つ人への強い差別も関係があるのかもしれないと僕は思っている。戦争への道も明治維新、又は、その前から見ないとダメなのかもしれない。死生観の撤廃が戦争に賛成の人間を増やしたとも考えられるから。戦後になっても、諸々の障碍児者への福祉や教育が遅れた事とかも。更には、非婚や離婚、恋愛なしの状態も。男女の愛も死を下敷きにしないと、自己愛さえも生れないから、恋愛どころではないのだ。少なくとも、人格ごとの愛は不可能である。一面的な魅力に惹かれるだけの愛はすぐ飽きて、続かないからね。

　　とにかく、日本本来の死生観を、現代に合う形で復活させないと、日本は危ないわけである。